ビクターエンタテインメント・石丸 竜一氏が語る A&Rの働き方と求められる人材像

 

『エンタメ人』がお届けする、エンタメ業界のトッププロデューサー/経営者へのインタビュー連載。エンタメ業界へ転職を考えている方へ向けて、若手時代の苦労話から現在の業界動向まで伺っていく。前回に引き続き、第7回目の今回も、デジタル市場がますます存在感を増す音楽業界を取り上げる。

数多くのアーティストの発掘や契約、育成に関わってきた、ビクターエンタテインメントの石丸 竜一(いしまる・りゅういち)氏。今後、エンタメビジネスの基軸となっていくであろう価値観や、いま求められる人材像について聞いた。(編集部)

石丸 竜一(いしまる・りゅういち)
人事総務部総務グループゼネラルマネージャー。業務環境改善プロジェクト委員長

1998年、ビクターエンタテインメント入社。スピードスターレコーズ、ビクターレコーズ、カラフルレコーズにてA&Rを担当。iri、UA、木村カエラ、THE BACK HORN、レキシなどこれまでに40組以上のアーティストを担当する。スピードスターレコーズでは15周年記念ライブをプロデュース。2015年には、マネジメント部門ビクターミュージックアーツ/Wonderwaveの立ち上げを経て、2019年よりビクターエンタテインメント人事総務部総務グループゼネラルマネージャー職。業務環境改善プロジェクト委員長を兼務するなど、テレワーク制度導入においてオフィス利用改革を進めている。

アーティストの思いをできる限りそのままのかたちで伝えるのがA&Rの役目

── 石丸様は新卒で音楽業界に入られたのでしょうか。

いえ、新卒から1年半ほどはCM制作や映画配給をしている会社で働いていました。もともと音楽業界に興味があり、たまたま新聞の求人広告にビクターエンタテインメントの宣伝職種のアルバイト募集が掲載されているのを見かけ、正社員からアルバイトという不安もありながら迷いに迷って結局応募しました。

当時24歳だったので、現在まで23年ぐらい勤めていることになりますね。

── 学生の頃から音楽への関心が大きかったのでしょうか。

そうですね。大学時代、バンドを組んでドラムとパーカッションを担当していました。私は曲作りができなかったんですが、「もっとこうなればもっといいな」という具合にバンドの方向性を考えるなど、どちらかというと裏方的な考えを当時からもっていたように、おぼろげですが覚えていますね。

また、高校時代はブラスバンド部でパーカッションを担当していたんですけど、演奏時の高揚感や観客からの拍手や喝采をもらうのがたまらなく好きでしたね。そういう経験を仕事に活かしたいなという思いはその頃からあったと思います。

 

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── 実際に音楽業界に入られて苦労された点があれば教えてください。

異業種からの転職でしたが、意外にも苦労と感じたことはあまりなかったですね。ただ仕事とプライベートの境がどんどんなくなっていく感じはあって…。どう区切りをつけたらいいかわからず困惑していましたね(笑)。

たとえば、入社直後に3ヶ月ぐらい先輩についてテレビ局さんやラジオ局さん、出版社さんなどに連れられて宣伝活動を学ばせていただいたんですが、現場に出ていけばいくほど、つながりができてきますよね。すると、そのまま媒体のみなさんと遊びに行ったりするうちに、オンとオフの境目がどんどん曖昧になっていくんです(笑)。

また、苦労というか日頃無い知恵を絞っていたのは、受け手にアーティストの思いを伝える方法についてよく考えていましたね。作品の背景やアーティストの考えをできる限りそのままのかたちで届けるにはどうすればいいのか…。一番繊細な部分だと思っていたので、とにかく考えて動く時間を使いましたね。

── そこに、A&R(※)という仕事の核心があるというわけですね。

はい。個人的にはそう思っています。作詞作曲される方は、作品に対しての考え方や曲を作るきっかけが明確な傾向があります。アーティストの表現としては、そこが1番大切な部分ではないかと。

作詞作曲されない方であっても、作詞家・作曲家さんからいただいた楽曲を自分がどう表現するかに、これまでの考えや経験が注入されていきます。みなさんそれぞれ、核となる部分をお持ちだと思います。

※A&R:Artists and Repertoireの略。アーティストの発掘・契約・育成、楽曲の制作、アーティストの宣伝プロデュースなどを担当。

── 担当されていたスピードスターレコーズの15周年ライブについてのお話も教えてください。

あの企画で注力したのは、来ていただいた方にどれだけ楽しんでいただけるかという点でした。レーベルに所属するできるだけたくさんのアーティストに多く出演してもらいながら、記念イベントらしいスペシャル感を出すことを念頭において、自分が観客だったらきっと楽しいと思うところを深く掘り下げていきました。

そこで、スピードスター内でコラボすることを思いついて…。「つじあやの×山田将司(THE BACK HORN)」「Cocco×岸田繁(くるり)」「UA×細野晴臣」と、レーベル所属同士(細野晴臣さんは、当時スピードスター所属ではありませんでしたが)二組のアーティストを合体させたら面白いんじゃないかと。

もうひとつ「15周年=15歳」という裏テーマがあったので、スケジュールの都合などで出演できなかったアーティストのみなさんに「15歳の思い出」についてコメントをいただき、ライブの合間に映像を流したりもしましたね。各アーティストの15歳の思い出はみなさんの学生時代のエピソードでスペシャル感ありつつ、私自身もこの企画で「学生時代を思い出して楽しむ」という裏テーマ的な気持ちが自分のなかにもあったので、学園祭っぽい親近感の高いお祭りになったかもしれないですね。

セルフマネジメント&プロデュースによる音楽業界の働き方改革を

── その後、マネジメント部門の立ち上げにたずさわられますね。

音楽はさまざまな領域でいろんな業態と関わり、かつ音楽の聴かれ方がどんどん変化してきています。いろんな意味で音楽業界自体が過渡期にあるといえますが、そんななかで原点を見つめ直してみると、「音楽、エンタメは人から生まれるもの」という当たり前といえばそうなのですが、純粋にその考えに至ったんです。

そこで、「人」にフォーカスし、音楽に限らずさまざまな分野の人をプロデュースしていきたいという思いから、お笑い芸人さんだったりアスリートだったり、タレントさんだったり、これまで培った音楽業界の知見を通じた人のつながりを増やすことを目指してマネジメント部門を立ち上げました。

私にとって刺激的な取り組みだったんですが、さまざまな分野の方をプロデュースすることになったとき、これまでにはない視点が当然求められ、様々な状況において考えを深める必要に迫られましたね。

私自身の視点を変えるためにもいろんな領域でマネジメント、マネージャーなどをご経験された方に中途で数名入っていただき、それぞれの業態の知見を集約することで運営がまわり始めました。

── 現在、人事総務部のゼネラルマネージャーとして働き方改革にも取り組まれていますね。音楽業界の働き方を改善するにはどうしたらいいとお考えですか?

エンタメ業界というと、時間の制約を受けることが比較的少ないように思います。たとえば、音楽業界では楽曲のレコーディングをしていたらいつのまにか予定の時間を過ぎているということが少なくありません。

働き方改革を進めるには、これからはセルフマネジメントとセルフプロデュースがとくに必要になってくるといわれています。

セルフマネジメントについていうと、仕事と私生活の境目を明確にしながら、インプットする時間を作っていくことが大事になってくると思いますね。

セルフプロデュースに関しては、自分が何にトライしたいか、自分はこんなふうに旗振りとして仕事をまとめていくんだという考えを明確にもって取り組んでいくことが重要だと思います。

そのためには、自分の強みや売りについて自問自答するような作業が、今後はより求められていくんじゃないかと思いますね。自分自身の活かし方です。さらに、誤解を恐れずに言えば自己実現する場として会社を利用しながら、こんなプロジェクトを作り上げるためには、どんな人の協力を得て、どんな進め方をするべきか、ということをもっと考えて提案していく。そういう人材が今後は求められていくと思いますね。

音楽業界の潮流の変化と、これから求められる人材

── 音楽業界のトレンドについてのお考えを教えてください。

音楽を取り巻くツールやメディアなどの環境は大きく変化していますが、音楽の本質の部分はあまり変わってないと個人的には思っているんですよね。

私がインディーズから追いかけ契約したiriというアーティストの「会いたいわ」という楽曲があって、インディーズで2015年にはすでにあったんですが、最近TikTokで一気に広がったんですよね。恋人同士で過ごすシーンや“エモい”シーンとしてカテゴライズされた動画投稿のなかで使用され、大きな渦になっていきました。

デジタルテックを経由して広がっているというだけで、音楽が特定のシーンと関連づけられるという点では、本質的には昔と変わっていない気がします。こんなシチュエーションにこの曲という。むしろ、音楽に接触する機会は広がっている気がするんですよ。あとは、我々がどういった形で聴いている人たちに接触していくかということだと思います。

消費のあり方も大きく変わってきています。いまはいろんなものがスマホのなかに集まっていて、余暇をすごす選択肢はすごく多い。昔だったら移動中はウォークマンで音楽を聴いたり本を読むくらいだったのが、今は動画も見れちゃうわけですから。モノの消費というよりも時間の消費。そこにどうやってアプローチし、選択肢に選ばれていくかをより考えることが必要になってきているなと感じます。

── そうやって業界が大きく変わりつつあるなかで、どのような人材が活躍できると思われますか?

たとえば、先にお話ししたマネジメント部門の立ち上げに際しては、経験者の方だけでなく、未経験の方も採用させていただいたんですが、採用の基準にしていたことのひとつが、「スペシャリストがどうか」ということでした。スペシャリストといっても、特別な技能の有無ではなく、「とことん好きなことがあるかどうか」に注目しました。「ゲーム実況に一言ある」「お笑いについては誰よりも詳しい」という感じで、何かひとつ深掘りできる領域がある方を探していました。

ふたつめの採用基準は、好奇心を大切にして行動されている方かどうかという点です。たとえば、まったく異なる領域同士のコンテンツを組み合わせたり、デジタルテックと自分が詳しい領域のコンテンツを組み合わせたり…。そういうことに対して常に好奇心を持ち、思いを巡らせている方と一緒に働きたいと考えていましたね。

人が根源にあるからこそ、エンタメは心や感情を育てられる

── 最後にふたつお聞きします。まず、石丸さんにとって、エンタメとは何でしょうか。

日本語でいうと「娯楽」ということになりますが、ずいぶん前に百科事典で意味を調べてみたことがあるんです。「心理的な刺激で楽しくなったり癒されたり」みたいなことが書かれていて、なるほどと思った記憶があります。そういえば、自分の感情形成にエンタメがすごく大きな影響を与えているなと。抽象的ですけど、「心や感情を育てるもの」と総括できるかもしれません。仕事も食も、広い意味でのエンターテイメントだと思います。

── では最後に、石丸さんにとって、人材とは?

エンタメとの兼ね合いでいえば、何かを生み出すために本当に必要なものは究極的には「人」でしかなくて。どんなにテクノロジーが発展したとしても、それは変わらないと思います。様々な人の行動や考え方を集めてビッグデータ化し最適化するAI制作の考え方がありますが、それもおおもとは人ですよね。今後AIが生むエンタメも、やはり根源は人だと信じています。人材とは、エンタメの「根源・種」だと思います。

〔取材は2020年11月5日、株式会社エイスリーにて〕

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