カバーCEO・谷郷 元昭氏が語る 次世代エンタメ業界の働き方と求められる人材像

 

『エンタメ人』がお届けする、エンタメ業界のトッププロデューサー/経営者へのインタビュー連載。エンタメ業界へ転職を考えている方へ向けて、若手時代の苦労話から現在の業界動向まで伺っていく。第8回目となる今回は、近年大きく注目を集めるVTuber業界を取り上げる。

VTuber運営やアプリの開発などを手がけるカバー株式会社の代表取締役社長CEOを務める谷郷 元昭氏に、黎明期の新市場を開拓していく上で求められる資質や人材像について聞いた。(編集部)

プロフィール

谷郷 元昭(たにごう・もとあき)
カバー株式会社 代表取締役社長CEO

慶應義塾大学理工学部を卒業後、イマジニア株式会社に入社。ゲームのプロデュースのほか、さまざまなメディアと提携した携帯公式サイトを運営する事業に従事する。株式会社アイスタイルでEC事業立ち上げなどに参画したのち、スマホアプリ「30min.」などで知られる株式会社サンゼロミニッツを創業。2016年にカバー株式会社を設立し、現在に至る。
※取材当時の情報になります

ゲーム業界への就職と転職、そして起業へ

── まず、起業までの道のりについてお伺いできればと思います。新卒ではイマジニア株式会社に入社されていますね。

学生時代、ゲームがとても好きでしたね。慶應義塾大学理工学部に在籍していたのですが、周囲のほとんどが大学院に進んだり、メーカーなど比較的堅めの企業に就職したりといった状況で、「ゲームメーカーには入っちゃいけないのかなぁ」と思っていました。

でも、周囲と同じような進路だった時に、20年後の自分の姿が何となく想像できるような気がして、そうした仕事をすることにあまり興味をもてずにいたんです。じゃあ何にチャレンジするかと考えたとき、当時、比較的新しかったゲーム業界なら、圧倒的な成功者がいるわけではないですよね。そんな業界に身をおいてみるのも面白そうだな、と思って入社しました。

── 入社されて、お仕事で大変だったことがあれば教えてください。

ビジネスプロデューサーとして、ひとりで企画からリリースまで進行・管理していくので、大変なことばかりでした(笑)。3年目くらいから大型のタイトルも任せていただけるようになると、まだ新米なのに、プロデューサーという立ち位置でかなり年上のクリエイターさんらを巻き込んで、説得しながら仕事を進めていかなきゃならないことに戸惑いは感じていましたね。

プロジェクトがうまく進行するよう、自分が責任を負わなきゃいけないということを強く意識して仕事をしていました。

── その後、転職を経て起業されるわけですが、計画されてのことだったのでしょうか。

もともと起業家になりたいという気持ちがあったわけではないんです。ただ、最初にいた会社の先輩の多くが起業していくなかで、本当にやりたいことを実現するには自分の足で動かないと難しいなと気づくようになって。転職先となった株式会社アイスタイルが、年齢がひとつ上の方が起業した会社だったので、その方の仕事を身近に感じながら、起業の準備を始めたという感じですね。

── 実際に起業されて、どのように感じられましたか。

ただやりたいことをやっていても、結果はついてこないということですよね。自分の力を過信していたというか、「あの人が起業できているんだから自分もできるだろう」という思いがあったというか…。

「起業あるある」だと思うんですが、「世の中を変えたい」とか「こういうサービスがあったら世の中の人が豊かに暮らせるかもしれない」という思いばかりが先行していたように思います。実現可能なのか、それによってたくさんの人が本当に幸せになれるのか、などを考えていないというか。

自分たちが得意なことにフォーカスすることもできていませんでした。

 

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コンテンツビジネスへのこだわりとVTuber業界における地位の確立

── それで、違う会社をもう一回やってみたいと思われたわけですね。

そうですね。もう一回、自分の得意なことで再チャレンジしたいと考えていました。利益は出ていたんですが、リーマンショック直後に立ち上げた会社だったので、資金調達の環境が悪かったのも理由のひとつです。

── VTuberに関する事業の構想は、以前の会社を経営されていたときからあったものですか。

そうではないですね。というのも、当時は「VTuber」という言葉がそもそもありませんでした。 VTuber業界自体、我々がライバルの会社さんたちと一緒に取り組んできた結果で「気づいたら誕生していた」という状態なので。

イマジニアではコンテンツを手がけましたが、アイスタイルではEコマースをやることになり、コンテンツビジネスから少し遠ざかっていますよね。なので、次は自分が得意なコンテンツの領域でビジネスをやりたいと思っていました。

ただ、コンテンツビジネスってプラットフォームが変わる瞬間にしかビジネスチャンスがないんですよね。スマートフォンの波はもう終わっていましたから。何ができるんだろうと考えたとき、VRやARの領域に可能性があるのかなと。

── 個人のVTuberを支援されるようになった経緯を教えてください。

VRゲームは今ようやく市場が誕生するかもしれないという状況ですよね。VRでビジネスを成立させるのがなかなか難しいことから、動画ビジネスを始めることにしたんです。

VRで培った技術を応用した動画ビジネスを、ということで、キャラクターを使ったタレント活動に取り組み始めたという感じです。

ただ、会社がコンテンツを作って一方的に提供していくより、たくさんの人たちが自分で表現していくところに動画ビジネス、あるいはインターネットビジネスの本質があると思っています。なので、クリエイターさん、配信者の方を支援して市場活動できるようなビジネスモデルの構築に取り組んでいます。

コロナの影響で世界的にリモートワークしている人が多いなか、VTuberは動画配信ではなくライブ配信しているんですよね。ライブ配信にたくさんのファンの方々が来てコメントいただくことで、タレントのファン同士がつながることができる。そんなつながりを提供することが、我々のVTuberビジネスの大きな特徴になっています。

一般的なYouTuberさんはアップロードされた動画の配信が中心です。我々のライブ配信では数万人、多いときで何十万人の方にひとつの配信を同時にみていただいています。他の国の方も含めたファン同士の一体感を感じられるところに、我々の事業が支持いただけている理由があるのかなと思っています。

── 今後の展開について教えてください。

まずは、VTuberのプロダクションとして突き抜けていくことですよね。100万チャンネル登録を超えたタレントが3人ほどいますが、VTuber市場自体がそこまでメジャーとはいえません。とくに海外については進出し始めたばかりという状況です。

「つくろう。世界が愛するカルチャーを」というミッションのもと、日本らしい2次元領域のタレントビジネスとして、1千万人規模でファンを獲得できるようなプロダクションにしていきたいと思っています。

タレントマネージャーに求められるのはハブとしての役割

── ともに働きたいと思える人材像について教えてください。

この領域のタレントマネージャーというと、経験者が少ないですよね。しかもインターネット上のことなので、現実のタレントマネージャー経験がある方に務まるのかというと、必ずしもそうではないです。まず、YouTubeやニコニコ動画などに親しんでいる方でなければ、どこに面白さがあるのかさえかわからないと思うからです。

ですので、たとえば趣味でゲーム実況したり、みたりしていて、しかもタレントをサポートできるだけのコミニケーション能力がある方という感じですね。

── 実際、どういう方が活躍されていますか。

何をもって活躍とするかはさておき、必要なのは、クリエイターなどクリエイティブな方と、タレントのあいだに入って調整する役割が担える人ですね。というのも、VTuberという仕事は、YouTuberと違ってタレントさん任せで動画制作できる仕事はないんですよね。

キャラクターを制作したり発信するアプリケーションを作ったりするクリエイティブな方々など、いろんなスタッフがいて成り立っています。なので、いわばハブのような機能を果たすタレントマネジメントの仕事は非常に重要になってくるんです。

音楽制作や営業経験者、人材業経験者など、異業種からチャレンジされる方もいらっしゃいますが、まずは入社いただく前に弊社タレントの配信をたくさん見ていただきたいですね。

ともに業界を成長させていける仲間との「共創」

── 谷郷さんにとって「人材」とは何でしょうか。

「人材」というと無機質な印象があるじゃないですか。なので、我々はそもそもその言葉はあまり使っていないんですよね。むしろ、面白いコンテンツやサービスを世界に向けてともに作っていく「メンバー」という感じですね。

VTuber業界を成り立たせていくという社会的な責任を負う立場でもありますので、「一緒に業界を成長させていける仲間」という言い方もできると思います。

── 谷郷さんにとって「エンタメ」とは何でしょうか。

これについても、我々は自分たちのことを「エンタメ企業」とはあまり思っていないんですよね。というのも、一般的なコンテンツはタレントさんが作っているケースが多いですが、我々の提供するコンテンツは、自分たちで面白いものを作るというより、外注しているイラストレーターさんやタレントさんとともに「共創」するという考え方をもっているからです。コンテンツをいろんな人たちと一緒に作り上げていくという点が、他社さんと決定的に違うところかなと思っています。

〔取材は2020年11月6日、カバー株式会社にて〕

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