松竹株式会社人事部 人材開発室 松尾健司氏が語る「伝統の継承と挑戦の融合。松竹128年の歴史を紡ぐ姿勢」

 

『エンタメ人』がお届けする、エンタメ業界のHRパーソンへのインタビュー連載。

エンタメ業界へ転職を考えている方たちへ向けて、人材開発や組織開発、働き方改革の工夫などを探っていく。第4回では、松竹株式会社人事部人材開発室長・松尾さんが18年間の経験を通じて、まもなく創業130年を迎える松竹の歴史と「伝統の継承と挑戦の融合」について紹介する。(編集部)

プロフィール

松竹株式会社人事部
人材開発室 松尾健司

2006年、新卒で松竹株式会社に入社。映像本部に約13年間在籍し5部署を経験。34歳で人事部に異動。2年間、人事企画、評価・等級・賃金制度の運用に従事。2020年から人材開発室にて新卒・キャリア採用、新入社員研修や社内研修、キャリア支援に取り組む。

「伝統の継承」を念頭に置きながらも、時代に合わせた変化が求められる

―― 最初に、松尾さんのこれまでの経歴を教えていただけますか?

私は、松竹に新卒で入社し、現在18年目です。
入社当初から約13年間、映像本部で5つの部署を経験しました。企画や製作といった作り手の領域ではなく、完成した作品をお客様に届けるまでの仕事を担当してきました。

最初は有楽町にある映画館での仕事でした。その後は定期ジョブローテーションがあり、入社3年目から5年目まではDVDやブルーレイの宣伝や販売促進の仕事を経験しました。入社6年目にあたる2011年、松竹グループの興行部門の統合のタイミングで松竹マルチプレックスシアターズに出向になり、そこでは全国のシネコンの番組編成業務に携わり、全国の担当劇場で上映する作品のブッキングや歩率交渉の仕事を行っていました。
この時期が私にとっては大きな成長期間であり、業界全体を理解する機会となりました。その後、松竹の配給映画のセールスを2年ほど担当し、2018年に人事部に異動しました。

人事部では、はじめの2年間は評価や賃金などの人事制度の運用を担当し、現在は採用や研修、そしてキャリア支援施策などを運用する部署を担当しています。

―― 松尾さんは松竹で18年間勤務されて、御社の強みや魅力をどのように感じていますか?

特にエンタメ領域において、映像や演劇を含む広範な領域で企画制作からコンテンツの二次利用まで、劇場を含む機能を総合的に提供できるのが最大の強みだと考えています。所有する劇場があることは、映像や演劇の表現の場を持っているという点で強力であり、何か新しい展開をする際も同じグループ内で、一気通貫で検討・実現できることは大きな利点です。自身の経験からも、競合他社の配給会社や宣伝関連の方々とお話をする際も、この点は大きな強みだと認識しています。

さらには、歌舞伎という伝統芸能をコンテンツとして持ち、また日本の映画の歴史の土台を築いてきたという歴史的な重みもあります。企業のミッションの軸である「伝統の継承」を大切にしながら、時代に合わせて新しいことにも挑戦してきた姿勢が、まもなく130年を迎える松竹の歴史の中に残っていると考えています。

―― 「伝統の継承」を念頭に置きながらも、時代に合わせた変化が求められるのですね。

松竹では、これまでメインで行ってきた舞台や映画などのモノづくりだけでなく、コンテンツを活用したまちづくりといった当社ならではの不動産領域の仕事や、既存のコンテンツと新しい領域を掛け合わせた新規事業など、時代のニーズに対応するさまざまな変化と進化を続けています。

これにより、多様な部門での幅広い経験が実現できますし、将来のキャリアに繋がる強みだと捉えています。
ただし、入社して早い段階から1つの領域のみに特化したいという志向の方には、少し難しい環境とも言えるかもしれません。

また、今は直接的に関わらなくても、将来の変化に向けて、簿記や宅建、著作権や法務関連の自己啓発を行い、汎用的に活用できるスキルを習得する社員も増えています。

―― 新卒入社の方だけでなく、中途採用者も同じ状況なのでしょうか?

即戦力として入社いただいているキャリア採用の方々が異動するケースはそこまでは多くはないですが、本人の希望をもとに、コーポレート部門内での異動をする方もいますし、最近では映像や演劇などの事業本部の方々が、不動産本部を兼務するケースも増えてきています。これは、現在会社として東銀座のエリアマネジメントを強化していることが理由として挙げられますが、単にコンテンツを制作するだけでなく、そのノウハウを活かして地域社会と協力し、どのようにして街づくりにコンテンツを組み込み、人々を引き寄せるかを考える広範なビジネスです。
必ずしもすべての方に当てはまるわけではありませんが、こういった取り組みが、当社ならではの強みだと思いますし、転職を検討されている候補者のみなさまに興味を持っていただく一因になっていると感じることが増えてきた気がします。

自社でアニメ製作に挑む、新たなチャレンジに力を注ぐ

―― 松竹がいま取り組んでいるジャンルや挑戦について教えていただけますか?

現在、映像本部の中では特にアニメ事業に力を入れています。当社では、現在のようにアニメ作品が当たり前のように年間の重要なテントポール作品になる以前から、アニメ作品の配給や上映を行ってきましたが、2024年度以降、自社製作の強化を目標に、企画や宣伝ポジションで新たなスタッフを迎え入れているところです。
また、演劇領域でも様々なコラボレーションをしてきましたが、最近では新作歌舞伎がヒットしており、歌舞伎に初めて触れる人たちにも親しみやすい演出が評価されています。例えば、人気のPCゲーム『刀剣乱舞』を歌舞伎と融合させた作品が素晴らしい成功を収め、大変好評をいただきました。同じ新作歌舞伎という観点では、モンキー・パンチ原作の『ルパン三世』を歌舞伎化した『流白浪燦星』(※)が現在まさに上演中です。

松竹グループのミッションは2つあります。一つは『日本文化の伝統を継承、発展させ、世界文化に貢献する』こと。 そしてもう一つは『時代のニーズをとらえ、あらゆる世代に豊かで多様なコンテンツをお届けする』ということです。
この数年、そういったミッションを従業員に理解・浸透させる研修なども継続して実施しており、今まさに松竹という会社を支える従業員のみなさんにも徐々に浸透し、よい形になってきているのではないかと感じています。

※新作歌舞伎『流白浪燦星』(ルパン三世)
公演日程:2023年12月5日(火)~25日(月)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/shinbashi/play/844

―― 長い歴史と伝統を有する企業では、上層部とのコミュニケーションが難しいという印象がありますが、実際のところはいかがでしょうか?

松竹はおよそ900名の従業員が在籍しておりますが、全体的にアットホームな雰囲気が漂っています。役員がフランクに社員に声をかけてくれることもあります。社員は気軽に意見を述べやすく、提案することができる環境です。

世界市場への進出が急速に進み、その中で人材不足が課題に

―― エンタメ業界のトレンドやニーズの捉え方、また現在御社で活躍している人材についてお聞きかせください。

現在のエンタメ業界においてもグローバル展開が顕著です。特に映像業界におけるアニメ分野では、グローバル市場に強い人材が求められていますし、マーケティング・宣伝分野ではデジタル領域に強い人材が重要な役割を果たしています。

また、コロナの影響で演劇の現場も大きく変化しており、国内でのライブエンタメの回復に重きを置きながらも、今後はインバウンド展開も含めたグローバル戦略が求められていくと考えています。
映像・演劇に関わらず、どのポジションにおいても、企画・立案からプロデュース・進行まで柔軟に動けることが重要であり、仮に失敗しても最後までプロジェクトをやり切る強さを持つ人材が評価されています。また、さまざまなタイプの人材が活躍していますので、多様なコミュニケーションスキルをお持ちの方や、熱意を持ち続けられる人も重要視されています。

―― 松尾さんをはじめ、長く勤めている方が多いとお聞きしますが、御社のどの点に魅力を感じているのでしょうか?

松竹の職場環境や労働条件の満足度は、一般的な企業と比べても高いと感じています。映画や演劇やそれに関連する幅広い仕事の経験を積むことで、一見すると同業他社への転職を検討できる状況ながらも、比較的多くの方が松竹というステージで長く活躍している印象です。その中には、30歳前後からひとつのことを突き詰めるスペシャリスト志向の方もいれば、幅広い部門や業務を経験することで成長していくゼネラリスト志向の方もいます。また、新卒入社の方もキャリア入社の方も同じくらい在籍していることで多様な職場環境が実現していることも魅力のひとつかもしれません。
あとは、ビジネスの現場・視点としては良くも悪くも捉えられるのですが、松竹の社員は「いい人が多い」と言われることがあり、社風が現れている気もします。

もちろん社員個人が松竹にある映像・演劇ビジネスの各フェーズの業務をすべて経験することはできないのですが、例えば興行に詳しいプロデューサー、ライツビジネスに詳しいプロデューサーなど、多様なキャリアを持つ社員が、お互いの強みと弱みを発揮、補完しながら、成長できる点も職場の魅力のひとつかもしれません。

松竹の人事部が考える、人材に求めるものとは

―― エンタメ業界に憧れている若者も多くいます。異なる業界や職種の経験を持つ人がエンタメ業界に転職する際にどのようなスキルや経験が有益か、アドバイスがあればお聞かせください。

エンタメ業界も当然ながらビジネスの基礎となる数字の信頼性が求められる機会が多く、いわゆる経理関連のバックオフィスだけでなく、各部門のプロデューサーやセールスにも当然ながら数字の感覚や管理能力を求められます。入社前後に関わらず、簿記の3級や2級を自主的に勉強する社員も多くいます。
また、今まで以上に語学スキルも重要視されるでしょう。グローバル展開が盛んになる中では、スピーキングやリスニングなどの実際のコミュニケーションに直結するスキルは、ますます大きなアドバンテージになるのではないでしょうか。

また、定期的な自身のスキルの振り返りや今後のキャリアを見据えた自己啓発を行い、マッチングする場所を見つけることが重要です。自分がやってきたことを強みにし、それを分かりやすく伝えることで、適したポジションを見つけやすくなります。また、企業選考の最初の段階でも、自分が本当にやりたいことやどのような適性があるかを率直に伝えることが重要です。

―― 最後の質問になりますが、御社にとって人材とはどのような存在でしょうか?

まるで家族のような存在です。会社の状態が良い時も厳しい時も一緒に乗り越え、メンバーが失敗したり調子を崩した時でも、再挑戦のチャンスが与えられる風土があります。
1900年代の松竹作品では、人間の良い面も悪い面も丁寧に描きながら、最終的には弱い立場の人達への応援歌となればこんなに素晴らしいことは他にない、という願いのもと、たくさんの良質な作品を世に送り出してきました。これは映画の作品作りに限らず、松竹で活躍する人材にとっても通ずる考え方であり、うまく結果を出せない社員に対しても否定的な言葉で責めるのではなく、その人が輝ける場所を考えることが、当社における人事部の役割だと考えています。
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*本記事に記載された商品・サービス名は各社の商標または登録商標です。
*本記事に記載された内容は取材時2023年11月13日のものです。
その後予告なしに変更されることがあります。