株式会社SKIYAKI 代表取締役 小久保知洋氏が語る 「日本におけるファンビジネスの在り方と想いを重視したサービスづくり」

 

『エンタメ人』がお届けする、エンタメ業界のトッププロデューサー/経営者へのインタビュー連載。エンタメ業界へ転職を考えている方へ向けて、若手時代の苦労話から現在の業界動向まで伺っていく。第32回は、ファンビジネスのデジタル化を牽引したファンクラブのプラットフォーム事業を展開する企業を取り上げる。(編集部)

プロフィール

小久保知洋 (コクボ トモヒロ)

埼玉県入間市出身。東京大学理科一類卒業。
富士写真フイルム株式会社(現、富士フイルムホールディングス株式会社)、株式会社オン・ザ・エッヂ(株式会社ライブドア)、NHNJAPAN株式会社(現、LINE株式会社)、株式会社Diverseなどを経て、株式会社SKIYAKIへ入社。2020年、同社の代表取締役に就任。「Bitfan」のプロダクト開発責任者も務める。
最近、趣味のテニスを再開。

質と細やかさが求められるファンビジネスにおいてのプラットフォーム

―最初に事業内容について簡単にお聞かせください。

一言でいうと、ファンクラブのプラットフォームを運営する事業を展開しています。

2013年頃、初期コスト0円でオフィシャルサイトを作ることができる、最初のプラットフォームを作ったところから、ファンビジネス業界に参入しました。

当初、HYDEさんやゆずさん、ゴールデンボンバーさんなどの名だたるアーティストから案件を頂き、会社として成長することができました。特にゴールデンボンバーさんに関しては、共に成長してきたという感覚がありますね。
立ち上げ当初からアーティストやクリエイターの方に支えられてきた事業だと思っています。

現在もプラットフォームは2つありますが、初期コストが不要という部分は変わりません。小さな規模のアーティストや事務所でも簡単に始められるというサービスを提供することを目指している会社です。

―多くのアーティストに支持されている理由はどのようなところにあると思われますか。

理由の1つはサイトのクオリティだと思っています。
やはりアーティストという職業の方は、見え方に対して強いこだわりがあります。
弊社ではアーティスト好みのものを丁寧に作ることができるようサービスを提供しており、トップページのデザインなどもデザイナーが作り込んだハイクオリティなものになっています。

またもう1つの理由は、サイト作成における敷居が低い点だと思っております。
サイトを作成するためには1つのシステムを構築することになるので、かなりの工数がかかります。

そのため、弊社がファンビジネスに参入する以前は5000人以上の有料会員が見込まれるアーティストやクリエイターでなければサイトは作れませんでした。ですが、弊社は1000人以上の会員登録が見込めれば、デザインまで作り込んだサイトを作ることができるサービスを提供しております。

また、様々なジャンルのアーティストや俳優が増加しているエンタメ業界では、よりハードルを下げることが必要だと考え、セルフマネジメントで完結できるオープン型のプラットフォーム「Bitfan(ビットファン)」をつくりました。無料でオフィシャルサイトやファンクラブ作成、動画配信、グッズやチケット販売が実現できるサービスです。

アーティストが簡単にファンとのコミュニティを作ることができる、便利なプラットフォームを提供し、そのプラットフォームをできるだけ多くの方に利用していただくことが会社のミッションであり、価値だと思っています。

ーすごいですね!サービスにおけるアイデアはどのようなところから着想を得ているのでしょうか。

今は海外のサービスを参考にしつつ、日本におけるファンクラブの展望としては何が正しいのか、答え合わせをしながら事業を進めています。

ITサービスにおいては、アメリカの技術が特に進んでいるので、前職で結婚や恋愛を主目的とするマッチングビジネスに携わっていた時から海外のサービスにヒントを得ることが多いです。

ただ、エンタメ業界においてのマッチングビジネスは、海外にはあまり存在していませんでした。なぜかというと、ファンが運営している私設団体はあるのですが、月額で有料のコンテンツをファン向けに提供するファンクラブというサービスは日本特有のものだったからです。

海外と日本とで見る、ファンビジネスの違いとは

ー参考にしている海外のサービスはどのようなものがあるのでしょうか。

似たようなプラットフォームであるアメリカの「Patreon」というサービスは常にベンチマークしています。
「Patreon」は、ビルボードのチャートに入るような有名人が利用しているわけではなく、売上上位の大半を占めるのはポッドキャスターで、会員数が1,000~2,000名のアーティスト、その他個人のクリエイターなどの登録が多くを占めます。

そのためサービス自体は、有名アーティストだけでなく、数百人の会員数が見込めればサイトを作ることができる日本とあまり変わりませんが、異なるのはサービスの使い方です。

日本のファンクラブは、アーティストやクリエイターが提供するコンテンツを楽しむために、サイトの会員になり定額の月額料金を払う、というビジネスモデルです。

一方、「Patreon」はイラストレーターがファン向けにPhotoshopのデータを公開したり、ポッドキャスターが「Patreon」独占のこぼれ話を公開し、月額料金も提供コンテンツにあわせて複数用意する、というビジネスモデルになっています。

このモデルで参考にできるのは、個人商店がファンに向けてどういったことをすれば喜ばれるか、という点です。簡単にコンテンツを作ることができ、ファンに提供することも簡単というプラットフォームは、ファンとクリエイター双方から喜ばれますし、その上、月額以外のマネタイズも自然とできるというようなサービスが理想形だと考えています。

―海外のファンビジネスと「推し」文化などがある日本のファンビジネスでサービスの使い方が違う理由は何だと思われますか。

海外と日本ではそもそものファンビジネスの在り方において明確に差があるためだと思っています。

特にWeb3.0のサービスで顕著なのですが、海外のファンビジネスは応援するファンも利益を得ることができるように作られていて、日本のファンビジネスはファンのアーティストやクリエイターをただ応援したいという想いに応えることを第一の目的としてつくられています。

具体的にお話しすると、アメリカでは2020年頃、クリエイターエコノミー(個人のクリエイターが表現や作品で収入を得ることにより形成された経済圏)が急速に注目され、日本の比ではない程の数多くのプラットフォームが生まれました。

アメリカのクリエイターエコノミーを形成するプラットフォームでは、各クリエイターを応援する数々のコミュニティが作られます。このコミュニティはスタートアップ企業のような、メンバーがフラットな関係値で民主主義的に意思決定を行うものであり、コミュニティに属する初期のファンはスタートアップのベンチャーキャピタルのような存在です。

初期のファンは最初にNFTやトークンを購入し、コミュニティが大きくなればなるほどトークンの価値は高まっていくため、トークンを持っている初期のファンはその分の利益を得る、というモデルになっています。
そのため、ファンはそのアーティストが好き、という理由に加えて、利益が生まれそうだから、という付加価値的な理由でもそのアーティストを応援するのです。

反対に、日本の推し文化においてのファンビジネスでは、ファンは利益を求めません。ファンは「尊い推し」をずっと応援し続けられることで、気持ちが満たされます。ただただ応援したい、という純粋な想いで作られているビジネスです。

そのため個人的には、アメリカのクリエイターエコノミーのようなWeb3.0の世界は、弊社のサービスが進むべき道としては違うのではないか、という気持ちが強くなっています。
実際に、弊社のプラットフォーム上でライブ配信のコメントを見ていると、やはり日本とアメリカのファンビジネスは違う在り方をしていると感じます。

弊社としては、どうしたらファンの毎日を彩るようなサービスを提供できるか、というスタンスに立つことが重要だと考えています。

ー日本と海外のファンビジネスは今後、それぞれ違う方向を目指していくのでしょうか。

そうですね、在り方や目的としては違う方向に進んでいくかもしれませんが、ただ最近は徐々に日本とアメリカのファンクラブの使い方がシンクロし始めているという、さらに面白いことが起こっています。

「Patreon」は接客的なツールとしても優秀で、1to1でメッセージを送る機能や、直近の訪問日時でまとめたグループに一斉にメッセージを送る機能を持っています。

日本でも最近、ファンクラブ限定のライブ配信や、アーティストやクリエイターとチャットで会話が出来たりと双方向性のある機能が加わっています。
アメリカのように利益を生むという目的ではありませんが、日本のファンクラブサイトもファンの中でのコミュニティーを作るという方向性に機能がシフトしてきているため、細かいアプローチをすることで、ファンはアーティストやクリエイターをより近くに感じることができるようになっています。

アメリカも日本も、アーティストとファンが双方的かつ、より密なコミュニケーションを取っていくようになるという点では同じなのではないでしょうか。

ユーザー目線に立てる人材が、ファンにとって良いサービスをつくる

―今後エンタメ業界やエンタメテック市場はどんどん変化していくと思いますが、どのようなマインドやスキルを持った方が活躍すると思われますか。

やはり、エンタメが好きという気持ちを持った方は活躍するのではないでしょうか。

弊社のメンバーは皆、音楽が大好きで、リスナーとして好きというだけではなく、実際に音楽をやっていたという人も多いです。中には今も現役で、「Bitfan」のサービスを使いながらアーティスト活動を続けている人もいます。

当然ライブは土日にもありますし、ライブ配信も夜に行われることが多いですが、皆ライブやイベントを楽しみに待っている人たちのために働いてくれています。エンタメが好き・アーティストが好き・音楽が好き・ライブが好き・推しがいる、そんな人たちだからこそ、ファンの気持ちが分かるのだと思います。

心からファンの人たちの気持ちになれるかが、活躍できるかの基準になっているかもしれませんね。

―純粋な「好き」という気持ちでお仕事に向き合われているのですね。

そうですね、サービスに対しても純粋な想いで向き合っていなければ、市場で勝つことはできないと思います。「どういった人がどんなシーンで使っているのか」ということを理解した上で作っている場合と、理解せずに作っている場合では出来上がるサービスは大きく違ってきます。

例えば、弊社のプラットフォームにおいて、ファンの誕生日当日にアーティストからバースデーメッセージが送られるサービスがあります。ファンはその日をとても楽しみにしているので、このサービスがトラブルなどで丸1日止まり、メッセージが送られない事態が発生した場合、大問題になります。

そんなトラブルが起きた場合、エンジニアは「今日中に復旧しなければいけない」と土日だとしても早急に対応してくれていますが、これは「明日対応すればいいだろう」ではなく、「今日、推しからバースデーメッセージが来ることを待っている人がいるのだから何とかしなければ」という気持ちが行動のベースにあるからこそ、出来ることです。

当たり前のことではありますが、そういった部分がサービスの成長には大きく関わってくるのではないかと思います。

―会社にとって必要な人材とは、どのような方だと思われますか。

自律的に、かつ生産性を上げることを意識して働くことが出来る方ですね。

社員には常に弊社のミッションである
「ユーザーが何を求めているのかということを理解し、いち早くサービスを届けること」
ということを実行する姿勢で仕事に向き合ってほしいと思っています。

そのためにはやはり、各個人が自律的に動き、かつ生産性を上げられるかという意識を持つことが大事だと思っています。
自律性を持たせることはすごく難しいのですが、基本となるのはやはり本人のマインドです。この業界に貢献するために自分はこの会社にいる、というマインドがあれば、自然と自律的になると思っています。

一方で生産性というのは結局、自己学習の世界です。
そのため、昨日の自分より明日の自分をアップデートしていくということを組織全体として目指していくことが大事だと思っています。

自律性と生産性、ただこの2つではありますが、これを意識して実行することはとても難しいと感じているので、それが出来る方が増えていってほしいですね。

―最後に、小久保さまにとってエンターテインメントとはどういうものでしょうか。

僕はエンタメこそが人生だと思っています。

今後徐々に、合理的なことを機械が担うようになると、人間が合理的なことを行っても、そこに価値は生まれません。すると、人は生きる意味や自分の存在価値をエンタメという非合理なものに求めるような世界になると思っています。
そのため、推しとの関係性やファンの日常の彩りというものが人生にとって、人らしい生活を送る上でさらに貴重なものになっていくのではないでしょうか。

「私は〇〇が好き」「私も〇〇が好きです」という場面になると、その場に帰属意識が生まれますが、こういった現象が起きるための共通点は大抵エンタメではないでしょうか。合理的なものではなく、ただ〇〇が好きな者同士だからこそ、例えば「このイントロがなんとなく好き」「理由はないけどこの人の声が好き」とエモい部分で共感できるわけです。

人間の本質的な欲求に根差しているのがエンターテインメントだと思いますし、1つでも多くの好きなものを見つけ、「私はこれが好き」と言えるような世界になったら、人生はより楽しいものになると思います。

死ぬ時に思い出すのは機械的にした仕事の思い出ではなく、「あの時のバーベキュー楽しかったな」「あのライブのファイナル最高だったな」という感情に根付いた思い出ではないでしょうか。

人生の充実度合いはエンタメにかかっていると思うので、エンタメはやはり人生においてとても重要なものだと思っています。