フォッグ株式会社・藤本隆宏プロジェクトマネージャーが語る エンタメ業界における「人材サービス」

 

『エンタメ人』がお届けする、エンタメ業界のトッププロデューサー/経営者へのインタビュー連載。エンタメ業界へ転職を考えている方へ向けて、若手時代の苦労話から現在の業界動向まで伺っていく。第30回は、エンタメ業界における人材事業を取り上げる。(編集部)

藤本 隆宏
オーディションメディア「Exam」、オーディション管理システム「Exam Organizer」プロダクトマネージャー。2017年フォッグ株式会社に⼊社し俳優向けサービス「mirroRliar」の立ち上げに携わった後、オーディションの運用・管理コストに着目し2019年にオーディション管理システム「Exam Organizer」を立ち上げ。前職のレコード会社での勤務経験を活かし、エンタメ業界におけるオーディション領域のDXに取り組む。

映画俳優が抱える課題をWebの力で解決したい

── 御社で藤本様が担当されている事業についてお聞かせ下さい。

僕が担当しているのは「Exam Organizer(イグザムオーガナイザー)」というオーディションの管理を効率化するためのツールで、その事業責任者を務めています。

予算管理、KPI(重要業績評価指標=目標達成へのプロセス管理のために使用される)を管理しつつ全体的な開発や進行を行っています。現状Exam OrganizerとオーディションメディアのExam、俳優向けの「MIRRORLIAR(ミラーライアー)」というWebサービスの3つを担当しています。

エンタメ界における新たな人材サービス「Exam Organizer」

── Exam Organizerを立ち上げた経緯についてお聞かせください。

もともと、弊社ではいろいろなオーディションに関わっていました。

弊社にはファンコミュニティサービスの「CHEERZ」というアプリがあり、CHEERZ内でオーディションイベントを行っていました。また「MIRRORLIAR」でもオーディションを実施していて、年間100本ほどのオーディションに関わる中で、審査する側の管理や運用をサポートするシステムを制作していたのが始まりです。

例えば、講談社さんが行っている「ミスiD」では応募から応募者管理のシステムを弊社で開発していました。このようなシステムは、毎回クライアントに合わせて開発すると非常にコストがかさみます。どのオーディションも運用方法は基本的には同じなので、このシステムを1つのツールとして主催者さんに広く使ってもらった方が良いのではないかと考えたのが開発のきっかけです。

また、大きなオーディションの場合、応募者が何万人といった規模になります。それでも、審査の作業は今までアナログな形で行われていました。そこをもう少し効率化したいと思ったのもきっかけの一つです。

── Exam Organizerはコロナ禍前にリリースされていますが、普及させるにあたって苦労した点はどのようなことでしょうか。

オーディションの主催者さんにおける管理や運用のコストは潜在的で、マンパワーで運用すれば良いという感覚の方が多かったので、実際には多くの人的コストがかかっていることを理解してもらうのが大変でした。

── どのように理解をしてもらいましたか。

少しずつ実績を積み上げることで理解してもらいました。

例えば、「ミスiD」では審査員の方が複数いらっしゃって、審査員ごとに賞があったりというコンテストなので、応募情報や審査情報をExcelやスプレッドシートを使用して管理すると恐ろしい作業量になってしまいます。

これでは現場の運用が立ち行きませんが、「Exam Organizer」を利用していただければ圧倒的に効率化できます。審査員の方はスマホでどこでも応募情報を確認できますし、移動中に審査することも可能です。このような部分は実績として、皆さんにご理解いただける形になったのではないかと思います。

── Exam Organizerを導入することで起こった変化はどのようなものでしたか。

今までアナログでやってきた運用をオンライン化することで、作業の効率化につながりました。圧倒的に現場でオーディションを運用されているの方々の工数は下がっていると思います。

それは、本来エンタメ企業が得意とするクリエイティブな部分や、そこに集中できることにつながりました。僕らがツールを提供することでできた一番大きいことのように思います。

── Exam Organizerは大手のエンタメ系企業にも採用されていますが、広がるのは早かったのでしょうか。

いえ、地道な広がりでしたね。実績を1つずつ作りながら導入いただきました。

── Exam Organizerを導入した企業は現在何社くらいですか。

120社程度でしょうか。メインで導入してくださっているのは芸能プロダクションが多いです。

── まだ業界全体がアナログ寄りなのかもしれませんが、オンラインオーディションを行う上で気をつけているのはどのようなことでしょうか。

対面でのオーディションにおいてリアルで感じられるものは、オンラインでは完全にはカバーできません。むしろ、最終審査で対面審査を行うのは重要だと考えています。そこをフォローしつつ、手前までをどれだけオンラインで簡略化できるかが重要です。

例えば、全てを対面で行いたいという主催者の方がいたとしても、合格・不合格などの審査の管理などはWebで行った方が効率化できるので、アナログとデジタルのそれぞれの良さを両立できるようなサービスを提案しています。

例えば、合格・不合格を一斉通知したり、1人1人の宣材写真を手軽に印刷したりといったこともできるようになっています。

── 今後、追加で実装したいサービスはありますか?

現状、応募者の方にアプローチをするスカウト機能やオファー機能はないのですが、今後取り入れていきたいと思っていますね。オーディションメディアのExamは応募者の会員が増加しているので、会員に向けてスカウトの案内やオーディション情報のオファーを案内できる機能を実装していきたいと考えています。

── オーディション自体、人材サービスに近いところがありますね。

僕は、役者さんなどのいわゆる演者側の人材サービスがオーディションなんだと思います。「表現」に直結しているところが通常の人材サービスと異なりますが、やっていることは就職の面接や企業の中途採用とあまり変わりません。そのため、オーディションは今後エンタメ版人材サービスとして進化していくのではないかと感じています。

エンタメ業界に必要なDXの捉え方とは?

── エンタメ業界のDXの成長課題や、今後予想される変化についてどのようにお考えでしょうか。

コロナ禍でオフラインのイベントができなくなったのは、大きな変化だと思っています。コロナ前はイベント、コンサート、ライブは毎年右肩上がりに売上が増加していました。

IT系サービスの成長とともにデジタルコンテンツが伸びてきましたが、リアルを求めるお客様のためにエンタメ業界もリアルなものに寄っていたのです。そのため、コロナ禍でできなくなったからとすぐに切り替えるのは難しいとは思いますが、このまま「何もしない」というのはどうでしょう。

どの業界でもあることかもしれませんが「エンタメ業界」は新しいことに挑戦するのが苦手という印象があります。

そのため、DXに及び腰になるというのはあるかもしれませんが、まずは試してみないとそれが良いものかどうかも判断できません。チャレンジを恐れていつの間にか社会のトレンドから取り残されるしまうのはもったいないな感じています。

逆にチャレンジを恐れないエンタメ企業は、積極的に様々なツールの導入してトライアンドエラーを試している印象です。新たなツールにチャレンジしてみて試行錯誤するのが大切だと感じているので、そこは古い慣習やレガシーにこだわらず使っていくのが、エンタメ業界のDXにおいて必要だと思います。

── エントリーする側にDXが浸透していないと感じることはありますか?

主催者さんにも言えることですが、紙でプロフィール送付を求めたり、CD送付を求めたりするオーディションがまだたくさんあります。

例えば、何万人規模のオーディションを紙の履歴書で行ったとして、それを処理していくのは大変なことです。そして、複数の審査員がいれば印刷して共有するのにも手間がかかり印刷代だけで何百万円もコストがかかってしまいます。

応募者に関してはメールも持っていない世代が増加しているので、これからは紙やメールでのオーディションはなくなっていくかもしれないとは思っています。

── コロナ禍が収束したらアナログやオフラインは戻ってくると思いますか?

この1~2年は急速にオンラインシフトが行われた時代ですが、僕ら世代はアナログな部分を知っているのでその良さを理解し、戻りたい気持ちもあると言えるでしょう。

しかし、今の中高生たちがオーディションに応募してくるタイミングでは、アナログで応募する土壌を知らない人が多い環境でしょう。そのため主催者側はアナログの良さを知っていても、若い世代には柔軟に対応していく必要があります。

── Exam Organizerはとても便利ですが、逆にアナログの良さを感じる瞬間はありますか?

僕は、対面オーディションで感じますね。

これは僕自身の経験ですが、ある映画のヒロインをキャスティングする際のオーディションで、Exam Organizerを使って募集・運用しました。最後の対面審査で審査員全員が直感的に「この人だ!」という女優さんに出会った瞬間に立ち会い非常に感動しました。空気感など対面審査特有のもので、オンラインで同じ感覚を感じるのは難しかったと思います。

そのため、最終審査はオフラインで行うことが大事だと思いました。

新しいテクノロジーと人材が作る「エンタメ業界の未来」

── エンタメ×テクノロジーの観点から、今注目している技術やコンテンツはどのようなものでしょうか。

音楽ストリーミングサービス「Spotify」の中には「Discover Weekly」というプレイリストがあります。僕が普段聴いている音楽の傾向を察知して、毎週僕が聴いたことのない音楽を提案してくれるのがすごいところです。その精度がとても高く、勧められた曲を全てお気に入りにしてしまうほどです。毎週月曜日に更新されるたびに感動しています。

この技術は、オーディションにも応用できると考えています。主催者さんが条件を入力すれば、おすすめの人を推薦してもらえる様な機能です

AIやディープラーニングといった技術を活用して作ることになりますが、これができればもっとオーディションがおもしろくなるでしょう。統計を取っていくと確実に好みは出てきますし、逆に今回だけ好みでないものや固定概念にないもの、傾向に合わないものを選ぶといったこともできます。

現状、オーディションにおいてはそれを経験値でやっていますが、システムとして提供できれば新たな価値を生み出せると思っています。例えば「かわいい」というキーワードが出てきたとしたら、それをタグ付けしていくことで傾向が見えるでしょう。そうすれば、キャスティングやオーディションがより便利に楽しくなるのではないでしょうか。

── 今後、エンタメ市場ではどのようなスキルやマインドを持った人が活躍できるのでしょうか。

どの業種にも言えるかもしれませんが、エンタメ業界はしっかり教育をするといったイメージがあまりありません。大企業は違うかもしれませんが、クリエイティブや感覚的な要素が多い業界なので教育しようにもできない部分が多いのかなと思っています。なので教えてもらうのを待つのではなく、自分から学びに行くスタンスを持っていてほしいです。

エンタメに正解はありませんので、とりあえず行動してみる折れない心が大事だと思います。正解に捉われずいろいろ楽しんでチャレンジできる人がいいと思います。

── 藤本さまが共に働くメンバーに求めることをお聞かせください。

自分の行動や言動が、社会や周りの人間にどのような影響を与えるか想像した上で行動してもらいたいなと思います。

なのでメンバーに求めるものとしては「想像力」ですね。想像した上で発信や行動ができる人と一緒に働きたいと思います。

── 最後に藤本さまにとって「エンタメ」とは何でしょうか。

食事や睡眠などとは異なり、エンタメはなくても生きていけます。

言葉は良くないかもしれませんが、人間の生命活動上では必要ないので僕は「エンタメ=無駄遣い」なんじゃないかと。でもその必要がないはずのものに自分も含め全力で向き合っている人がいて、全力で楽しんでいるお客様がいて、そういう状況がとてもおもしろいなと。

衣食住とは別で、メンタルバランスや人生を豊かにするためのものだと思うので、結局のとこと突き詰めていくと、エンタメは人間が生きる上で欠かせないものと言えると思います。