株式会社パピレス・松井康子代表取締役社長が語る「新しいことに取り組むことの大切さ」

 

『エンタメ人』がお届けする、エンタメ業界のトッププロデューサー/経営者へのインタビュー連載。エンタメ業界へ転職を考えている方たちへ向けて、若手時代の苦労話から現在の業界動向までを探っていく。第29回は、早くから電子書籍事業を展開し、テクノロジーを駆使して海外展開を進める会社を取り上げる。(編集部)

プロフィール

松井 康子
1969年生まれ。新潟県出身。出身校: 慶應義塾大学大学院。大学院修了後、1995年に富士通の社外ベンチャーとして創立したばかりの株式会社パピレスに入社。WEB編集や経営企画に携わり、その後2000年に取締役、2006年には副社長に就任。
2012年6月に創業者である天谷幹夫氏に代わり、代表取締役社長に就任。現在に至る。 

※取材当時の情報になります

株式会社パピレスの事業内容と創業の経緯

── 株式会社パピレスの事業内容について教えてください。

パピレスという名前はそもそも、Paper(紙)の語源である「パピルス」が「レス(不要)」になることに由来しており、創業の1995年からずっと電子書籍を販売している会社です。

── 1995年というと、PCがようやく普及し始めた頃というイメージですが。

そうですね。インターネットもまだ日本にはなく、パソコン通信が電話回線で繋がっている時代でした。このパソコン通信で小説を配信するところから、会社がスタートしています。

── その時代に、なぜ入社しようと決断されたのでしょうか。

パピレスの創業者は、富士通株式会社出身の天谷幹夫という研究者です。天谷は、パソコンの掲示板は書き込む人より読む人のほうが多いので、もっと面白いものを掲示板に載せれば有意義だと考え、出版物を掲示板に載せようと考えていたのです。

私はその頃学生で、日本でもインターネットがもう少しでできるというタイミングでいろいろ研究していたところ、海外の文献をその場で読めたら便利ではないかと思ったのです。ここから出版物の電子化に興味を持ち、株式会社パピレスの創業とほぼ同時に入社することになりました。大学院で研究生をしていた頃のことです。

── 入社当時の思い出と言えば何でしょうか。

当時まだ会社には社長を含めて5~6人しかおらず、皆20代でベンチャーのスタートアップ企業でした。世界に前例のないことをやっていたので、電子書籍が広がればすごく便利になると思いました。最初100冊ほど電子化の許諾をいただいて、配信するための「電子書店パピレス」というお店を開業するのに1年ほどかかりました。

── その100冊というのはどのようなジャンルだったのでしょうか。今は漫画がメジャーな気がしますが。

当時は回線の容量が小さくて文字しか送ることができず、著作権の問題からなかなか許諾がいただけなかったというのもあり、例えば夏目漱石の小説などから配信を始めました。

── 電子書籍が認知されて広まるきっかけは何でしょうか。

持ち歩きができる端末が出てたことが大きいですね。また、最初はダウンロードや読むためのビューアが必要で手続きが複雑だったのが、今ではクリック1つで読めるようになりました。土壌ができて、作品数やジャンルも増加してきている段階と言えると思います。

── 松井様が代表取締役社長に就任された経緯について教えてください。

長くこの業界に携わり、会社も最初数人から始まって今は100人を超えていますが、組織が大きくなり2010年に上場しました。その間に株式公開企業としてのコンプライアンスなどが出てくる中で、一番それに携わってきたのが代表取締役となった経緯かなと思います。

── 最初は編集のお仕事をされていたとお伺いしました。

最初は編集の仕事から開始し、電子書籍の作品を作るところから、プラットフォームを作るほうをメインにやり始めました。当時は、そのようなことをやっている人はいなかったのでWebページなどもなかった時代です。本当にゼロからのスタートでした。

── 新しいジャンルの仕事を開発していく上で苦労されたことや、それをどのようにして乗り越えたのかを教えてください。

あまり苦労したという感覚はなく、もっと面白く便利なものが出来るのではないかという期待がすごくありました。すぐその場で書籍を読めるのは便利なことです。

その快感がもっといろいろな人に伝わるといいですし、今まで紙ではできなかった新しい表現ができるようになると、クリエイターにとっても可能性が広がります。また販路拡大としていろいろな国の人にも読んでもらえます。

もともと何もないところから始めているので、理解してもらえるだけでもありがたいと感じているのです。

株式会社パピレスの今と海外展開

── 現在、御社が推進するコンテンツとはどのようなものなのでしょうか。

まだ紙をデジタル化した段階でそれが中心となっていますが、本来デジタルというのはいろいろな可能性があります。

例えば、動画もさまざまな表現があると思っていて、弊社で行っている「アニコミ」はアニメーションとコミックを融合させたような表現となっています。アニメの場合、多数の人の手を借りないと1つの作品を作るのは大変ですが、もう少し少ない人手で作れるとより手軽になってきますし、動画とはまた違った魅力も表現として出てくるでしょう。

次世代コンテンツと当社では呼んでいますが、単なる小説ではなくそこにイラストをメインに入れた絵ノベルというものがあります。絵を中心にしたライトノベルと言ってよいでしょう。今はスマホでスクロールして見ることができますが、機器によっても見せ方は変えていくのが良いと思っています。

── 海外進出も御社の軸となっていますが、進出する上で垣根になったのはどのような部分でしょうか。

コミックは、アニメと違って海外ではまだあまり知られていません。特に英語圏では存在すら知られていないので、まず認知度を高めることからスタートします。アジアにおいても認知度は低いのでもう少し広げられたら良いのですが、市場を作るところから始めなければいけないということです。

── 市場を作るということにおいて、どのように馴染みのない「漫画を読む」という文化を落とし込んでいくのでしょうか。

まずはイノベーター(新たに現れた商品やサービス、ライフスタイルの変化などを最も早い段階で受け入れる人々を指す)が何を望んでいるのかを知り、受け入れられるやり方で進め、そこから徐々に受け入れられる人を増やすのを繰り返して行います。試行錯誤を続け正解はありません。

今、日本のコミックやアニメに関心を抱いている人は海外にもいるので、その人たちの力を借りながら少しずつ広めていくということから始めています。

── 横書きなど本の仕様の違いで苦労されると聞いたことがあります。

海外の方にまず言われるのが「読み方がわかりません」です。コマを見ても誰のセリフかわからないのです。そのため、弊社では縦コミと言ってスクロールして順番が理解しやすい形にして提供しています。

カルチャーの違いは表現も含めて大きいです。コミックの読み方は海外の人にとっては複雑なので、そこは工夫をしなければなりませんし、文化の違いを理解するところから開始します。

── 海外展開における御社の目標はどのようなことでしょうか。

今は日本がメインですが、将来的には海外市場に拡大したいと思っています。しかし、翻訳するのは大変で、現地の文化に合った形で伝えられるようにするにはノウハウが必要です。漫画というものを理解し、ネイティブな方にとって自然な形にするということを重視してやっています。

── クリエイターや作家の方の発掘にも、積極的に取り組んでいるとお伺いしています。

オリジナルの作品を作って広めていくことにも積極的に取り組んでいまして、今までの作家さんだけではなく、広くエンタメ業界にいるクリエイターの方たちの力を借りればもっと違った形のものになると考えています。もちろんコミックの形も変わり、多分動画も含めてですが境目がなくなってきて、表現の内容によって見せ方を変えていくのではないかと思うのです。

── 今は作品の発表の場が出版社経由だけではなくなりました。御社でもメディアを運用されていますが、その状況や狙いを教えてください。

はい。「Renta!」というサイトはプラットフォームとして力を入れていて、レンタルができるのが特徴です。端末依存もしていないので、どの端末からでも見ることができます。コミックの人気が高いのですが、次世代コンテンツとして小説も人気があります。

いろいろな発表の場をご用意しているので、クリエイターの方にはさまざまな場で発表していただくと、人気が出る・出ないの違いはありますが、販路が広がるでしょう。

── 電子書籍事業においてAIを活用するメリットとはどのようなことでしょうか。

制作工程の効率化が図れることです。例えば、全部を手作業で行うとすごく時間がかかってしまいますが、一部の工程をAIに任せることで制作スピードを早めることが可能です。

AIの良いところは学習することですが、出来ないのはクリエイティブなことです。ある物を分析することはできますが、ない物を学習させるのは難しいのです。そこはイマジネーションやクリエイターの方のセンスが必要となってくるので、うまくミックスさせると、もっと多様性に富んだコンテンツが出来てくるのではないかと思います。

松井代表取締役社長が向き合ってきた「人」

── 従業員の方を採用される中で大切にしているのはどのようなことですか。

3つの経営理念がありまして、そのうちの1つは「楽しいと思える仕事をしよう、楽しくないなら自分が仕事を変えよう」ということを言っています。仕事をするのに義務感や仕方がないからといった理由でやっていると仕事自身があまり向上しません。「自分が本当に仕事をして楽しいのか」、「楽しくなければもう少しやり方や適性を見ながら考えたほうが良い」ということを話した上で、業務をしてもらっています。

もう1つは「やるのなら世界NO.1」ということですね。誰もやっていないことをやるというのは誇大妄想のようなことを言うのではなく、将来に繋がるようなことをやっていこうということです。

そして最後は「継続できる仕事をしよう」ということです。新しい仕事はすぐに上手くいくわけではありません。今までも失敗の連続で、たまたま上手くいった1つが残るという形でやってきています。ただ続けるのに収益を考えないと続けられないので、効率やどうやって収益を出すかに目を向けようということです。従業員を採用する中で大事にしているのはこの3つですね。

── 入社する社員の方々は、御社のどのようなところに魅力を感じて入社希望をされる方が多いのでしょうか。

「コンテンツが好きな人」と「新しいことをやりたいという人」が入社を希望しますね。現実的なところでは本当にうまくいくのかだとか、どういう市場を取っていくのかだとかで尻込みしてしまうのですが、当社はあまりそこは言わないためでしょう。

新しいことは進めにくいという考えもありますが、当社はわりと新しいことばかりやっています。全部上手くいくかと言えばそうではなく試行錯誤も多いのですが、そういうところに魅力を感じて来てくださっている人が多いのではないでしょうか。

── 若い人たちが新しいことに取り組む際に会社としてサポートしていることや工夫していることはありますか。

特に工夫はしていませんが、皆さん未経験で私もそうなので、経験していないことしかやっていないのはみんな一緒だと言えます。すると、みんな同じ条件だから仕方がないという感じになるのです。

答えを最初から求めたい人にとってはちょっと苦痛なのかもしれませんが、正解のない所でもチャレンジしていいですし、アドバイスできるとしたら、過去の経験は多いのでそこからします。電子書籍という意味では同じですが、それ自体のマーケットがまだ完全ではなく発展途上なので、経験する中からみんなで学んでいくという感じです。

── 若い人もベテランの人も一緒になって新しいものを作っていくというイメージですね。

トライ&エラーしかできません。上の世代の人はある程度の経験は持っているかもしれませんが弊社の平均年齢は32才です。

20代・30代の人にとって普通のことというのがありますが、それがあってお客様の目線で考えることができるので、経験があるから良いというわけでもありません。そこはとても大事にしていて、今お客様が何を求めているのかという視点は、むしろ若い人のほうがあるのではないかと思っています。

── 松井代表取締役社長が自信を持って株式会社パピレスの魅力を伝えるとしたらどのようなことでしょうか。

新しいことに挑戦するというのを皆さんが試行錯誤し、熱意を持って取り組んでくれている所かなと思います。すごくこだわりがあり、これをやっている会社は他にないだろうということをやっているので、そこは自信を持って言えます。

例えば、この間BL(ボーイズラブ)のイベントをやったのですが、日本だけではなく世界でBLファンを集めてYouTubeで作家の先生と一緒にBLについて語るというイベントでした。あまりこのようなことをやる会社はないかもしれませんが通訳をつけ、英語解説もしたのです。

── アイデアはどのように着想されたのでしょうか。

BL好きな社員の発想でした。やりたいと言われたら普通は「何を言っているのかわからない」「リスクは?」といった反応かもしれませんが、そういうことも、当社ではやってしまうのです。結構好評を頂いたようなので良かったです。

── 会社がこうなればいいという夢はありますか。

もっといろいろな人にコンテンツを届けられるようにしていきたいと思っているので、今の表現形態に限らず、10年ほど経った時にもっと違うやり方や表現の仕方をちゃんと届けられるような会社に成長していってほしいです。日本に限らずグローバルに展開できたらとも思っています。

松井代表取締役社長が思うエンタメとは?

── エンタメで松井代表取締役社長が影響を受けた作品はありますか。

コミックもアニメも小さい頃から好きだったので、SFアニメなどの影響を結構受けていますね。イマジネーションを自由にできる環境がエンタメの素晴らしさだと思っています。これはすぐに何かの役に立つということではありませんが心を豊かにするのと、感情移入ができます。そこが一番の魅力だと思うのです。

想像力がなくなってしまうと、いろいろな事が起こった時にその心情が理解できなくなってしまいます。それは対立や望ましくない動きに結び付くと思うので、エンタメは必要なものだと感じています。

心の栄養がないと、人は悲惨です。マイナス思考となりますし、想像ができなければ和解もできないと思います。また、表現の自由が圧迫されると幸せな気分にはなれないでしょう。平和を訴えることより、エンタメに力を入れたほうが良いのではないかと感じます。

── 心を豊かにすることで平和も生まれるということですね。

そうです。そのほうが私にはしっくり来ます。このアニメが好きだからとか、このコミックのここを読んで感動したからというのがあると、それだけで生きられるという感覚です。

目に見えないので評価はされにくいかもしれませんが、重要なことではありますし、エンタメを世界に広めていけるのは幸せだと思っています。

〔取材は2021年6月16日、株式会社パピレスにて〕