日本発・世界ヒットVRゲーム『東京クロノス』が実践したプロジェクトのエンタメ化

スタンドアローン型VRデバイス「Oculus Quest 2」がFacebook社から発売され、いよいよVR市場が本格的に立ち上がり始めてきた。そんな中、日本発・世界的ヒットとなったVRアドベンチャーゲームがある。MyDearest社による『東京クロノス』と、その続編である『アルトデウスBC』だ。MyDearest社は、2016年創業のスタートアップ。日本のスタートアップが世界的ヒットを生み出した道筋を振り返り、今後のVR市場の展望を考察する。

「Oculus Quest 2」の登場でVR市場がいよいよ拡大期へ

Tokyo XR Startups(http://tokyoxrstartups.com

2015年、gumi創業者の国光宏尚氏を筆頭に、日本国内でVRスタートアップへの投資が活性化された。XR専門インキュベーションプログラム、Tokyo XR Startupsの始まりでもある。

当初のVRデバイスは、PCと接続しないと使えず、かつデバイス自体も非常に高価なものであり、「VRが流行る未来」がなかなか想像しづらい状態だった。

しかし、2020年第4四半期時点、Oculus Quest 2は全世界で100万台を販売しており、PlayStation VRの販売台数である500万台に迫る勢いで成長している。

Oculus Quest 2が何故ここまで販売台数を伸ばしているか。PCに接続しなくてよい「スタンドアローン型」のデバイスとして発売されたことが大きい。その他にも、Oculus Quest 2のデバイス自体の価格が500ドル以下で購入できるようになったことが起因し、ネットフリックスやプレイステーション、地上波と並び、一気にお茶の間の可処分時間を奪う存在として躍り出た。

Facebook創業者マーク・ザッカーバーグは、OculusでのMAU(月間利用者数)を1000万まで増やすと目標を掲げている。Facebook社の3割近くの社員がOculus事業にコミットしており、その本気度の高さが伺える。MAU1000万も今年中にも達成できるのではないかと囁かれている。

世界的ヒット『東京クロノス』と『アルトデウス:BC』

Facebook(Oculus)は、2021年1月にOculus Quest向けのアプリで100万ドル(約1億円)以上売り上げたタイトルが60タイトルを超えたことを発表した。

そのうちの1つが『東京クロノス』だ。

東京クロノス Webサイト(https://tokyochronos.com/

2019年3月20日にリリースされた東京クロノスは、基本1人でプレイするミステリーアドベンチャーゲーム。人気アニメ『ソードアート・オンライン』の三木一馬氏がプロデューサーをつとめ、総プレイ時間15時間を超えるVR大作ゲームとしてリリースされた。脚本に徹底してこだわっており、その物語性の高さに、日本だけでなく、世界各国で高評価を得ている。Oculusストア上では3,990円で販売されており、DL課金型のゲームでもある。

『東京クロノス』の続編である『アルトデウス:BC』は、2020年12月4日リリースされた。Oculusストアの審査は厳しく、年間でも新規タイトルは100タイトルほどしか掲載されないのだが、「Oculusのおすすめ」としてストアタイトルに並ぶほどの完成度と人気を誇っている。

鬼頭明里をはじめとした人気声優を起用しているのも特徴的で、前作の『東京クロノス』から「作り手の本気」を感じることができるファンコミュニケーションを行っている。

 

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資金がないスタートアップが実行した「プロジェクト」のエンタメ化

MyDearest社は、2016年にソフトバンク出身の岸上健人氏ら3人で創業したスタートアップである。資金、開発力ともに十分と言えない彼らがなぜ世界的ヒットを生み出すことができたのか。それは「制作プロジェクトそのもののエンタメ化」である。

東京クロノス クラウドファンディング(https://camp-fire.jp/projects/view/81176

当然ながら、当時のMyDeaset社は広告予算も十分とは言い難い状態であった。

MyDearest社の千田氏と山中氏は、当時のVRコンテンツのPRの難しさとして次の3点を指摘している。

1点目が、体験導線の物理的・心理的導線の遠さ。VRゲームをプレイしようと思っても、デバイスを購入して、ソフトをDLしなくてはいけない。プレイしようと思ってもすぐには体験できない。

2点目が、動画PRの相性の悪さ。VRは3D空間で始めて体験してすごさが伝わるものなので、2D動画ではその魅力を伝えきれない。

3点目が、「酔い」というマイナスイメージからのスタート。現実の世界では私たちの眼帯が視界のピントを自動調整してくれるが、VR世界では、全ての画面にピントがあってしまっている状態のため、「VR酔い」という状態が発生しやすい。

このため「まず体験して欲しい」という宣伝文句が通用しない。

ではどうするか。VRデバイスをかぶらなくても済むワクワクしたコンセプトを掲げたプロジェクトをつくり、制作参加型のエンターテインメントをつくるという戦略をMyDearest社は考案した。

『東京クロノス』というコンセプトを打ち上げ、CAMPFIREを活用してクラウドファンディングを実施。このクラウドファンディングは、資金調達が目的ではなく、『東京クロノス』という制作プロジェクトにお金を支援してでも参加してくれる「コアなファン」の獲得を目的としていた。結果、692名の支援者を集めることに成功している。

この時点で集まるファンは、VRへの熱量と発信力があるユーザーである可能性が高く、彼らを消費者とするのではなく「共創者」としてプロジェクトに参画してもらうことで、コアなファンコミュニティの構築を目指した。クラウドファンディング支援者限定の開発者イベントを開催したり、オリジナルグッズのプレゼントをしたり、とにかくクラウドファンディング支援者へ手厚いサービスを施し、『東京クロノス』のリリースが「お祭り」になるような仕込みを進めていたのである。

このコアコミュニティの存在が、『東京クロノス』躍進の原動力となり、リリースがあるたびに「制作共犯者」と呼ばれる彼らが、自発的に情報発信を行う仕組みが構築された。

アルトデウス:BC クラウドファンディング(https://camp-fire.jp/projects/view/245574

この仕組みがさらに話題を呼び、『東京クロノス』の続編である『アルトデウスBC』のクラウドファンディングでも、1650人の「制作共犯者」を集めることに成功し、ファンと作り手の熱量をベースにした情報発信のインフラが構築されたのである。

制作プロジェクトのエンタメ化こそ、『東京クロノス』の最大のヒット要因であった。

まだまだ盛り上がる日本発のVRゲーム

北米発のVRバトルロイヤルゲーム『Population:one』は、2020年10月のリリースから2ヶ月半で売上10億円を達成した。

それに続けと、日本発世界ヒットのVRゲームは続々と出てきている。VRで剣戟を体験できる『ソード・オブ・ガルガンチュア』。魔法使いのほうき乗り体験ができる『リトルウィッチアカデミア』などがその代表例だ。

京都のスタートアップ、キャラクターバンク社はVR人狼ゲーム『ANSUZ』アンスズ)をリリースしている。従来、DL課金が主流であったVRゲームに、無料DL、ゲーム内課金のモデルを適用した実験的プロジェクトでもある。

ひと昔前にVRの研究者は、現実をいかに仮想空間に再現するかを探究してきたが、ことVRエンターテインメントとなると、現実ではできないことをいかにVRで体験できるようにするかが重要になってきている。

『東京クロノス』がとったファンを熱狂させるブランドコミュニケーションは様々なところで応用が効く。VRビジネスは今がまさに拡大期。この分野で日本からユニコーン企業が生まれるか注目していきたい。

 

<執筆>
石塚 健朗(いしづか たけろう)
学生時代よりVCでスタートアップや大手企業の新規事業創出支援。面白法人カヤック、日本テレビ、SCRAPを経てマーケティングプロデューサーとして独立。ファンの熱量を最大化するコンテンツ開発を軸にしたプロモーションの企画・実行が得意領域。