株式会社アーツテック・代表取締役 酒井 靖之氏が語る映像・動画制作ビジネスの今とこれから

 

『エンタメ人』がお届けする、エンタメ業界のトッププロデューサー/経営者へのインタビュー連載。エンタメ業界へ転職を考えている方たちへ向けて、若手時代の苦労話から現在の業界動向までを探っていく。第16回は、映像業界を取り上げる。(編集部)

酒井 靖之(さかい・やすゆき)

株式会社アーツテック・代表取締役

20代で映像制作会社ARTSTECHを設立。Web動画を利用した広告戦略にいち早く着目し、「動画時代」を牽引してきたパイオニア。「売れる動画」「話題を呼ぶ動画」のヒットメーカー。“結果に裏打ちされた確かな実績”と“たぐいまれなセンス”を併せ持つ、日本屈指のクリエイター。

観る人の「ココロが動く」 “感動動画”を作るために挑戦を続けている

── まずは、御社の事業内容とビジョンに関してお伺いします。

主に映像・動画制作を手がけています。動画制作会社とひとくちにいってもいろいろありますが、私はもともと、テレビCMの演出の仕事をフリーランスとしてやっていました。

インターネット上で動画が普及する前は、テレビCMが唯一の広告動画でした。

テレビCMというのはとにかく制作費がかかるのです。そんな数千万の制作予算を割くことができる大企業しか作れないようなテレビCMの世界にどっぷり浸かっていて、「なにかおかしい」と思っていたわけです。

中小企業やベンチャー企業のなかにも優秀な会社がたくさんあるのに、思うようにPRや宣伝ができないのはおかしい…。そう思ってこの会社を立ち上げました。

この世界では「テレビCMクオリティ」とよくいわれますが、テレビCMは数千万という予算で作っているものなので、クオリティが担保されるのは当然のことです。しかし、発注元企業と制作会社の間に広告代理店が入り、多くのマージンが抜かれた状態で、制作会社が案件を受けています。そのため、発注元企業としてもお金がかかりすぎている、という状態がこの業界では長く続いています。

当社では、代理店のように間でマージンを抜く会社を挟まないため、代理店よりも安い予算で、テレビCMを制作させていただいています。

そして、今では当たり前になっていますが、Yahoo!動画が始まったときに「動画の広告というものをやっていかないか」

と提案させて頂き、協業という形でWeb動画を普及していきました。

テレビCMというのは15秒、30秒というふうに枠が決まっていますが、インターネット、例えばWeb動画には尺の規制がないんです。5分でも10分でも20分でも構わないからこそ、求められるのが戦略です。そこでわれわれは、10年以上前から「感動動画」というものを手がけてきました。

これは、宣伝色をなるべく排した、ショートフィルム仕立ての動画のことで、共感、共有されやすいスタイルになっています。再生回数を稼げるとともに観る人の「ココロが動く」新しいブランディング動画として注目されています。750万回以上再生されているようなものも作りました。

当社はこのようにして、クオリティにこだわった制作をしていますが、制作会社というのはテレビ局または広告代理店の下請けという立場で、この業界では、クリエイターが抑圧された状況にあると思っています。アンフェアな環境を改善すると同時に、国内では低くなりがちなクリエイターの地位を向上させていくことが使命だと感じています。

クリエイターをしっかり育成し、ちゃんとしたモノづくりができれば、自ずとクリエイターの地位は高まっていくはずです。誇りをもって映像制作に取り組める環境づくりが急務だと感じています。

人からの縁を活かして会社の創業に至る

── もともとフリーランスで活動される中で、どのようにして創業に至ったのでしょうか。

若い頃に、とある芝居に出会いまして、その時、芝居というのはどのように作られているのだろうと興味を抱いたんです。そこでたまたま、舞台演出家であり、映画監督でテレビドラマの演出も手がける方とご縁があって。その先生の元で俳優や助手などあらゆることをやり、2年間ほど学ばせていただきました。いわゆる演劇・映画の世界です。

あるとき、その方から「おまえは映像のほうに行ったほうがいいな」といわれて。そこからテレビ番組のディレクターとしてドキュメンタリー番組や情報番組、深夜番組などを手がけているうちに、ある人の目に止まり、「ちょっとCMをやってみないか」ということになったんです。すベて、人の縁でここまでやってきました。

── 映画・演劇畑からCMの世界に入られていかがでしたか。

もともと自分がいた映画畑の世界は、作品のために死んでもいいっていうくらいの雰囲気が現場にあって。そこからCMの世界だったので、違いに馴染むのには苦労しましたね。

また、CMの世界の人たちって、とにかくこぎれいな服を着ていて。そんな中、僕は1週間ずっと同じ服(笑)。ライフスタイルにこだわりが見える人たちが集まっている世界だと思いましたね。

そんな中で、フリーランスとして多くの仕事をいただいていましたが、ずっとフリーランスでやってくことには限界があるので、クリエイターの地位を向上させたいというビジョンに賛同いただける方を増やしていこうと考え、会社の設立を思い立ったわけです。

── それが20代のことですね。この業界で20代で会社を創業されるというのは大変なことだったと想像します。

そうですね。映像を制作すること以外の仕事で、色々手こずってしまったことはあります。

例えば、われわれの世界では、ディレクターの上にいるプロデューサーが資金調達や管理、そして営業側の責任者を担うのですが、私はプロデューサーとしての経験がなく、見積もりをしたことさえありませんでした。

そんななか、案件受注を目的として中小企業などに電話営業をかけたりしては、「なんの会社ですか」っていわれて。自分でも勉強しながら「なんのために動画を作るのか」「こういうメリットがあるんですよ」と説明しながら、慣れない仕事に取り組んでいきました。

Web動画のパイオニアとして活動の幅をさらに広げる

── 酒井さんがWeb動画を手がけられた時期のことについて教えてください。まだ普及し始める前の早い時期でしたね。

美容家電で有名なヤーマンさんのとある商品を当社が出がけたんですが、まだ比較的早い時期(2000年代前半)のWeb動画広告で、商品の爆発的なヒットをご支援するきっかけになりました。

それがきっかけで、テレビでなくてもインターネットを使って宣伝し、結果としてヒット商品を生み出せることがわかってきたわけです。世にいう“ビューティ動画”はここから普及していったわけです。

── インターネット広告を手がける中で、心がけられてることってありますか?

最近はみなさんよくわかっていらっしゃると思うんですが、テレビCMとは別の切り口で、Web上で話題になる手法が流行しています。

となると、質の高いクリエイティブが必要です。「タレント起用」の「タレント頼り」から脱却し、「観たくなるもの」を作っていかなければいけないと考えています。

── 今後ますます動画が主流になっていきそうですが、先々に向けて考えていらっしゃることはありますか。

私どもは動画業界における最先端、パイオニアとしての存在を自負しています。だからこそ、時代の半歩以上先を見据えていなければと思っています。そのためには感覚を古くさせないよう、新しい感覚の人材を積極的に雇用し続け、磨き上げていく。10年、20年先でも通用するようにしていきたいですね。

この業界で活躍できる人材とは「責任感の強い人」

── 人材のお話が出ましたが、御社で実際に活躍されている方の特徴を教えてください。

好きなだけではこの仕事はできないと思っていて。責任感が強いことが条件です。大勢の人が見るものですから、自分の行動が一人ひとりの感動を作り、それが評価に繋がっていくことを自分の頭で考えて仕事に取り組む。そういう人が、クリエイティブの世界では重宝されますね。

あとは、うちはどこにも依存していません。自分たちから積極的に発信してお客さんから依頼をいただけるよう、ありとあらゆる方法をとっています。そのため、「私はモノづくりだけ」という方、「机の前にずっと座っていたいんです」という方には、あまり向かないと思います。仕事を自分でとってきて、お客さまとの関係を築ける方が向いてるかなと。

そのような方針のもと、新人の段階で、仕事をどうやっていただいてくるかはちゃんと教えています。数千万もの予算の仕事も手がけるわけですから、きちんと人と対話できることが大切です。モノづくりの観点しかない人には難しいと思いますね。

クリエイターは個人規模と企業規模で二極化する

── クリエイターを取り巻く状況についてはどのようにお考えでしょうか?

フリーの方でも十分に動画制作ができる時代になってきて、クリエイターが大きく二極化している状況がありますよね。制作費もピンキリ。何から何まで自分で全部やる作品と、何百万、何千万の予算で大勢のスタッフを従えて作品を作るパターンと。

どちらが自分のやりたいスタイルに近いのか、そこを見極める必要がありますよね。最初からフリーでやるのももちろんいいのですが、ひとりでやるのであれば、当然、高いレベルのものはなかなかできないし、経験しないとわかりようがないこともあります。まずはどこかの会社にしっかりと所属し、基本をしっかりと学んでいくことが重要だと思います。

── クリエイターとして一人前になるにはどうしたらよいでしょうか?

素直であることが大切だと思います。この業界には「自我」が強い人が多いように思いますが、まず素直に人の意見に耳を傾けること。それから、人に影響を与える作品を作るには、広告でもドラマでも3年先を見ていなきゃいけない。人の機微を捉えることが求められると思います。そこで一番ものをいうのは、自分の経験だと思うんです。

どんな経験が良いと断言することはできませんが、たとえば圧倒的な読書量で教養を養っていくことで、モノを作れる人になっていくはずです。10代、20代のうちにいろんな体験をすることが大切でしょうね。

悔しい思いでも悲しい思いでもいいから、とにかく経験・体験を積んでいく。そういう人が、やっぱり一流のクリエイターになれる、そう思います。

── 採用時にはそういうところ見られているんですね。

そうですね。何を考えて生きていくのかが大切。自分は何を作りたいのか、何を大事にしたいのか、将来何になりたいのか…。どうしても監督になりたいという気持ちがあれば、3年間努力をし、経験を積んでいけば必ずなれますよ。

── 未経験の方でも採用されているのですね。

そうです。僕が育てた人でいえば、未経験から中途で入ってきた人のほうが多いです。以前、金融関係の仕事をしていた人が未経験で当社に入社し、今ではフリーのプロデューサーですからね。あとは、とある映像配信会社の責任者が僕の教え子なのですが、もともとは居酒屋の店員をやっていましたし、未経験でも十分に活躍してもらうことが可能です。

誰かの人生に良い影響を与えるのがクリエイティブの使命

── 酒井さんの考えるクリエイティブとはどのようなものなのでしょうか。

クリエイティブと一口にいってもいろいろあります。アートは自分が良いと思ったものを作ることであり、他方で、当社がやっているのは、顧客ありきの広告制作です。

広告とエンターテインメントは、よく別物のようにいわれるんですが、僕は基本的に両者は同じものだと思っているんです。われわれがやっているのは広告が中心ですが、なかにはエンターテインメントの要素も含まれていて。

世の中ではSDGsなどといわれてますが、いくら「環境って大切だよね」と言ってもそれだけでは状況は変わらない。広告の世界も表面的にやってはだめなんですよね。何かに影響を与えるには、本当にクリエイティブでなくてはならない。広告でも、お客さまからいわれたことだけをただ単にこなすのではなく、クリエイター側にもやりがいのあることをやっていきたいですよね。

広告を観てくださった方が、それをきっかけに「これっていい商品なんだな」と思うだけではなくて、そこに内在したメッセージを「大事だな」って感じてくださるとか…。相反することかもしれないですが、心になんらかの変化、しかもいい方向への変化を生じさせていくことが、今の時代のクリエイティブだと僕は思っています。

〔取材は2021年2月15日、株式会社アーツテックにて〕

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