株式会社メディアドゥ・溝口敦取締役CBDOが語る デジタルデータに価値を見出す「未来」

 

『エンタメ人』がお届けする、エンタメ業界のトッププロデューサー/経営者へのインタビュー連載。エンタメ業界へ転職を考えている方たちへ向けて、若手時代の苦労話から現在の業界動向までを探っていく。第28回は、電子書籍ビジネス業界を取り上げる。(編集部)

溝口 敦(みぞぐち あつし)
株式会社メディアドゥ 取締役 CBDO
2000年、NTTドコモ入社。iモードの「着うた」立ち上げなどコンテンツ事業に携わる。2008年、メディアドゥに入社し、2010年 執行役員 営業本部長、2017年 取締役 グループCOOなどを歴任。2020年6月、取締役 CBDOに就任(現職)。2019年よりグループ会社MyAnimeList代表取締役に就任(現職)。電子書籍流通事業や新規事業などに従事した幅広い経験、モバイル通信やITに関する知見を活かし、取扱いコンテンツの領域拡大や国内外の新規市場開拓を担う。

株式会社メディアドゥの事業内容

── 株式会社メディアドゥの事業内容について教えてください。

一言で言うと、電子書籍取次ビジネス(出版社から預かった電子書籍データを電子書店に販売する取次サービスを行うこと)です。しかし、「取次ビジネス」と一括りにしてしまうと誤解のある業態になってきていて、グループ会社には出版社や電子書店、また要約をやっている「フライヤー」という会社もあります。

デジタルに限らず書籍を売るため、出版物を読者に届けるために必要なことをいろいろな側面からやっている会社といった方が正しいです。また、書籍以外のコンテンツを扱っていたり、これから扱おうとしていたりもします。そのようなコンテンツを流通させるという理念の中核に、電子書籍取次があります。

もともとは電子書籍取次ビジネスから始まっており、売上構成で言うと電子書籍取次は大きいのですが、従事しているメンバーの気持ちで言うとそれだけをやっているわけではないということですね。

── 日本国内でさまざまな手段を用いて書籍を販売・プロモーションをする会社ということでしょうか。

販売先や取引先は国内だけではなく海外もあります。米国のグループ会社にファイヤーブランド・グループという会社がありますが世界の出版業界に必要不可欠と言っても過言ではないサービスを提供しています。

ブロックチェーンで叶えたい「未来」

── ブロックチェーンを活用したビジネスに力を入れていらっしゃいますが、着目した理由を教えていただけますしょうか。

もともと、ブロックチェーンというものに触れたのが2~3年前からです。ブロックチェーンが世界的にも注目されたタイミングで、現在よく話題に上がるNFT(非代替性トークン)はまだ一般的ではなく、暗号通貨が最も注目されている時でした。

私達は、著作物をたくさんの人に届けるということに主眼を置いています。その手段として、ブロックチェーンという技術がスマホが生まれた時のような技術的革命を起こすのではないかと感じて、触れ始めたのが最初のきっかけです。

── ブロックチェーンを活用することでどのような可能性やビジネスチャンスを見出されたのでしょうか。

厳密な解釈は少し異なるのですが、あえてわかりやすく申し上げます。現在のコンテンツ配信サービスは、ストリーミングサービスだとデータも何も手元に残らず、ネットを介して映像を見ているだけの状態ですし、販売サービスではデータはローカルに持てますが、見たり聞いたりするレベルから抜け出してません。

一方で、DVDを買った場合は当然映像を見られますし、手元にパッケージも残ります。故にそれを誰かに貸したり、プレゼントしたり、売ったりもできます。これができるのは、デジタルコンテンツをフィジカルなモノに閉じ込めて装飾を施したことにより、希少性やアイテム性が生まれ、一定の価値が発生したからとも言えます。

ブロックチェーンという技術もしくはその考え方や哲学は、デジタルデータだけで、このような状態を生み出せる可能性があるものだと感じており、私達はそこに可能性を見出しています。

瞬時に大量に頒布することに向いていたデジタルコンテンツが、唯一無二のデジタルファンアイテムとして活用する事もできる未来。それは、希少価値を持つフィジカルのフィギュアやカードがデジタルでも存在する世界です。

私達がデジタルコンテンツアセット(デジタルアイテムの資産化)と名付けた、新しい価値観が認知される将来が間近にきているなと感じています。

日本の書籍を海外展開する上での課題

── 電子書籍の海外展開における課題についてはどう考えられていますか。

海外展開においては、翻訳されている書籍が少ないという課題があります。大まかな数値で言うと、日本のマンガが翻訳されて世界でデジタルデータとして売っている漫画は数千冊程度だと思います。しかし、日本語で販売されているコンテンツは数十万冊で桁が違うのです。

事情は個々に様々ありますが、主には翻訳代が高く、英語だけではないので、どうしても販売量が見込める本から対応することになり、量も限定的になってしまいます。最近、精力的な出版社さんが翻訳量を増やし始めましたが、日本国内との対比で言うと、まだ遠いというのが現実です。

他にも、海外の人にとっては漫画の読み方がわかりづらいという課題もあります。漫画は字が縦組みで右開きです。西洋では縦組み・右開きというのはありません。英語は横書きで、左から右に読むので左開きです。またコマを追いかけるという独特な文法もあります。このため海外の人にとっては、馴染むのに非常に時間がかかるものという位置づけだと思います。

例えるなら、現代の日本人が巻物を読むくらい違和感があるのではないかと思います。源氏物語が面白いのはみんな知っていますが、もし草書体で巻物に書かれていたら読むのは難しいと感じるはずです。

オリジナルで読む面白さはもちろん存在しますし、マンガというのは元々そういう文法だと思いますが、よりたくさんの人に読んでもらうためには何かしらの工夫は必要なのではとも感じます。今の電子書籍も紙とは違う文法も取り入れているので、海外に向けてはより柔軟に考えても良いのかもしれません。

── 今後、海外展開を拡大していくうえで何が必要だと考えられますか?

課題はありながらも、海外でも本当に漫画が好きな人が増えていますし、実際に紙の書籍もデジタルも売れてきています。しかし、日本市場と同じだけの漫画の市場を海外で作ろうと思ったら、日本人と同じような感覚の人を増やさなければなりません。

世界中に広がる映像配信サービスにより、アニメファンが大きく増加し、その影響でマンガファンも増加する中、日本の文化を海外に持っていく時にテクノロジーで何かできるかと言われたら、よりスマートフォンに最適化することや、未来で申し上げるとVRやARなどへの対応になってくると思います。もちろん先ほどお話しした、文化的な背景への対応も欠かせません。

日本のゲーム、アニメ、漫画が好きになった人たちがよく取る行動として関連グッズの購入があります。

映像配信サービスで多数のアニメを見ている人たちは、フィギュアやファングッズ、更にはアニメの原作となった漫画を買います。日本人も海外の方もその行動に大きな差はありません。そして、今後その選択肢の中に、もしかしたらデジタルデータが入ってくる可能性があると思っています。

物理的なフィギュアとデジタルデータのフィギュアの違いは物理的にあるかないかの差です。そして、一般的に考えれば物理的に持てて、触れて、飾れて、売買もできるフィギュアが良いと皆さん感じてると思います。

一方で、デジタルの世界においても、その価値を見いだす人達は現れてきています。物理的にはないけれど、逆にデジタル空間に置ける、瞬時にシェアすることができる。そして、その価値を担保することができれば売買も可能になる。どちらが良いかは、持っている人の価値観に左右されていきます。

そのように、ファンアイテム保有することにおいて、デジタルデータの方が良いという人が増えていくことで何が起こるかというと、アイテムを海外へ販売すること非常に簡単になります。物理的に輸出する必要がなくなるためです。コロナ禍になって、国境を越えた物のやり取りがスムーズにできないということがありました。

しかし、デジタルデータはそのようなことにも左右されないのです。これだけでなく、ファンアイテムをデジタルデータで販売するメリットはいくつもありますが、ここに意味や価値を感じる人が圧倒的に今は少ないので、これからそのような文化を作るしかありません。簡単なことではありませんが、だからこそ、そこに可能性があると思って私達はやっています。

──フィギュアやファングッズなど、現物だったものがデジタル化し、やり取りされる未来が訪れるということでしょうか。

今後起こっていくのではないかと思います。これまで現実で行われていたフィギュアやファングッズなどの購入や売却、ファン同士でシェアする行為自体が将来は、ネットやさらにバーチャル空間の中で行われてもおかしくはないでしょう。

そのような時代が近づくほど、デジタルデータは資産価値があるものという感覚になっていきます。きっと、今後どこかで「デジタルコンテンツアセット」と呼ばれる転換点が来ると考えています。

例えばトレーディングカードですが、昔は物理的なファイルに入れて持っていて、誰かに見せたりして遊んでいました。それがデジタルデータになったら、デジタルネイティブの子供たちはどのような価値を感じるのかなと思います。

この間、友人と話していたら子供が「フォートナイト(Epic Gamesが配信するオンラインゲーム)で着る服がほしい」と言ったと。そして、そんな話しが一人や二人じゃないんです。昔の自分たちは外に出かけるのにカッコイイ服を着たいと思っていましたが、今の子供たちはオンラインゲームの世界に出かけるのにカッコイイコスチュームが着たいんでしょうね。

このようなことが当たり前の世界になると、物理的なアイテムとデジタルデータのアイテムのどちらを購入するかは選択次第となります。多くの人が、自分が生きている場所に自分が好きなアイテムを置きたいし、眺めたいし、見せたいはずです。そうすると、バーチャルで過ごす時間のほうが長い人は、きっとデジタルに価値を見出します。

僕は、一般人が公道で「車を運転しなくなる未来」はきっと来ると思っています。仮に、50年後にそのような世界が来たとして、子供や孫に「昔、渋滞というものがあった」「交通事故というものがあった」と話すことになるでしょう。

同じようにバーチャルがリアルと同じか、それ以上の意味を持ち、そこに存在させるデジタルデータに価値を見出す時代も確実にやってくるでしょう。ただ、それが何年後なのか。そこが一番不確実なところだと思いますし、新規ビジネスをやっていて面白いところだと感じます。

チームで創るエンタメの未来

── 今後エンタメ業界ではどのようなスキルやマインドを持つ人が活躍できると考えますか。

未来を想像・創造できる人だと思います。こういう時代が来るだろう、こういう未来が楽しいというのを妄想できて、大きな声で言えて行動に移せる人ですね。エンタメにとっては一番重要だと思います。

また、実現したい未来はなかなか来ないので、我慢強い人が良いです。これまでの仕組みや習慣などを時間をかけて変革していくことになるので、諦めずにずっと言い続けることができる人材ですね。

── 今溝口さまが一緒に働きたいのはどのような人でしょうか。

チームを大切にする人ですね。そのために、人の気持ちがわかるとか、相手の立場に立てるかとか、簡単なことでは挨拶やお礼がちゃんとできることです。そういうのをコミュニケーション力と一言で言ってしまうのかもしれませんが、それが豊かな人とチームを組んでいきたいと思っています。

よく上層部には「てにをは」に気を付けてほしいと伝えます。今はコミュニケーションのほとんどがSlackによるテキストか、オンラインMTGで、オフラインで対面で行うことが少なくなってきた時代です。

例えば、Slackでやりとりをしている際、選択肢のAとBを示されて「どちらが良いですか?」という質問に対して、「Aでいいよ」と「Aがいいね」と言われた場合、相手はどう受け取るでしょうか。

「Aがいいね」と伝えたら共感されているように感じ、「Aでいいよ」と伝えれば「Aでもいい」とやや消極的なニュアンスで感じてしまうかもしれません。更に、オフラインの口頭なのか、オンラインなのか、チャットツールなのかによって伝わり方も異なってきます。

そして、結果的にこの積み重ねがチームの士気を上げたり下げたりします。マネージメントは、それを理解した上で、意図的にできるようにならないといけません。コミュニケーション能力が高いとはそういうことだと思います。

──最後に、溝口さまにとってエンタメとは何でしょうか。

生き方を決定付けてくれた物であり、それゆえに、少しおこがましいかもしれませんが、「恩返し」をしたい物ですね。もともと、僕は音楽がとても好きで、エンタメを仕事にしたかったのです。自分でプレイしたり、プロデュースしたりする能力はないけれど、エンタメが仕事になったら楽しそうだと単純に思っていました。

新卒の時に運良くそれを仕事にできて今の自分があるので、そういう意味で、ちゃんとエンタメに恩返ししたいですね。今も音楽、映画、ゲーム、漫画、アニメが好きで、様々な方々と事業化を行っているので、それらの業界がもっと大きくなって、もっともっと面白くて夢中になるコンテンツが生まれていくお手伝いができればいいなと思っています。

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