株式会社360Channel代表・中島健登氏が語る「VRのある未来」

 

『エンタメ人』がお届けする、エンタメ業界のトッププロデューサー/経営者へのインタビュー連載。エンタメ業界へ転職を考えている方へ向けて、若手時代の苦労話から現在の業界動向まで伺っていく。第27回は、VR業界を取り上げる。(編集部)

プロフィール

中島健登(なかしま・けんと)
株式会社360Channel 代表取締役社長
株式会社コロプラに新卒総合職1期生として入社。入社して半年後にコロプラ社から出資を受け、株式会社360Channelを創業、今に至る。「VRを身近にすること」がこの会社の存在意義となると考えており、業界を問わず様々な会社とのプロジェクトを推進している。
※取材当時の情報になります

株式会社360Channelの事業内容とは?

── まずは、360Channelの事業内容を教えてください。

業界としては、主にVR領域×動画を事業ドメインとしており、「360Channel」というVR動画配信サービスと、「VR PARTNERS」(「360Channel」で培ったノウハウを用いて様々な企業と共同プロジェクトを行う)の主に2つになります。

動画以外にはCGや、VRのアプリケーションの制作なども手がけているので、「VRのコンテンツを制作し、提供している会社」というようなイメージです。

2016年に「360Channel」というVR動画配信プラットフォームを立ち上げ、最近少しずつ需要が出てきたのですが、会社設立当初、ビジネスをするにはC向けサービス(個人向けサービス)だけでは難しかったので、「360Channel」で培ったノウハウを用いて様々なプロジェクトを他の会社様としていました。

企業がVRを活用するメリット・デメリットについて

── 企業がVR動画やVRコンテンツを活用するメリットとは何でしょうか。

現実では実施(再現)できなかったり、莫大なコストや時間がかかってしまうものを体験できるかつ、その体験がリアルであるというところが大きなメリットだと思います。

例えば、弊社が制作したアプリケーションで、高速道路での事故を防ぐためのシミュレーションのVRアプリケーションがあります。制作背景としては、高速道路の整備をするスタッフさんが間違えて車に轢かれてしまう事故が多く、そのような事故を防ぐための方法はないかというご相談からでした。

そこで、作業員や運転者が止まるべきタイミングを具体的にイメージできるようなVRアプリケーションを制作することにしました。それには、どれだけ危ない場面を脳内で焼き付けられるか、具体的にイメージできるかが大事です。VRは平面動画よりも、こうしたイメージがしやすいと思っています。

── 教習所のイメージに近いでしょうか。

そうですね。シミュレーションと呼ばれるものは、ある程度VRに置換できるのではないかと思っています。実際に轢かれる体験もできるようにしています。

例えば、あるタイミングで出て良いか悪いかを判断して、ボタンを押します。間違ったタイミングで出ると轢かれてしまうような体験が仮想でできるようになっています。実際には体験しないとその危険性を認識できないものでも事前に体験をしておくことで具体的に認識できるようになると考えています。

── 企業がプロモーションとしてVR動画を活用することはありますか。

あります。「VR PARTNERS」では、VR動画を使用したプロモーション、研修用VRアプリケーションの制作、バーチャル展示会、内覧などに取り組んでいます。

内覧は不動産だけではなく、工場や店舗ができる前にチェックするといったことにも使用されています。完成する前に広さや天井高の確認などができるので良いと聞いています。VRは情報量が多く具体的にイメージできると考えているので、そのためのツールだといえるでしょう。

── VR活用におけるデメリットはあるのでしょうか。

VR市場は黎明期ですので、まだまだ課題はあります。現時点ではマスに受け入れてもらうためにはハードは重くて大きく、使用するのにまだまだ煩わしさがあると感じます。

コンテンツ観点でのデメリットもだんだんと解消されていくと思いますので、2,3年すれば一気に普及は進むのではないでしょうか。

原体験としてのワクワクを見出し「VR」事業を選ぶ

── 360Channelを立ち上げるまでの経緯について教えてください。

もともとコロプラに入社して3ヶ月研修を受けて、その3ヶ月後に360Channelを立ち上げました。僕は基本的に新しいものが好きです。自分が好きなことをやりたい、どうせやるなら世にない体験を作りたい、自分がやってみて原体験としてワクワクできたものをやりたい、という気持ちがありました。

当時のVRについてですが、2014年にFacebookがOculusを買収するという時代背景のなかで、Development Kit1と2(ソフトウェア開発キット)でいろいろなことを行なっていました。

今でいうVTuberのLIVEのようなことを行ったり、ユニティちゃん(Unity Technologies Japanにより生み出されたオープンソース系アイドル)が踊っているコンテンツを見たりしました。3Dモデルではありますが、目が合う瞬間にドキドキしたことや、目の前でライブが行われている体験があったことで、この体験が将来、世界を変えると思いました。

──そこでVRがいいなと思われたのでしょうか。

VRだけではなく、僕は動画も映画も好きなので、映像がいいなとは思っていました。

当時だと分散型メディアと言ってTwitter用、YouTube用、Facebook用といった形で動画を分けて投稿することの走りの時代で、様々なサービスが立ち上がっていました。ただ、やるなら新しい体験を作りたいと思っていたので、VRだなあと直感で選んでました。

VRの普及の鍵の一つは女性に受け入れられること

── 360Channelで人気のあるコンテンツはどのようなものですか?

男性向けのコンテンツもありますが、僕らが推しているということもあり、女性向けのコンテンツの需要が大きいですね。

2.5次元の舞台のコンテンツや、それに出演する俳優さんのコンテンツなどが多いです。コロナ禍の影響を受けて、舞台に行くことができず、生配信を家で見たいという人も増えてきたので、とても喜んでもらえています。VRだと舞台の一番前で見ることができるのです。男性ではいまやVRを知らない人は少ないですが、女性にはまだVRのハードが届いていないと思います。

iPhoneは女性が持つようになってから使用する人が増加したので、VRも女性に好かれるようにならないといけないと思っています。iPhoneも知っているけれど買わない人が多かった期間が4,5年ありましたので、VRも売れるまでには時間が必要だと感じているのです。

スマホには、以前からガラケーという体験が存在しましたが、VRには取って代わる体験がありません。慣れたり必要性を感じるまでに時間を要することは当たり前だと思います。

「そこにいる感」が重要なのがVR動画

── VR動画と通常の動画を制作する際の違いとはどのようなものでしょうか。

どのデバイスにおいても「キラーコンテンツ」というものが存在しますが、人物が被写体のコンテンツがVRにおいてはその一つだと思います。そして特に動画においては「近さ」や、「そこにいる感」がどれだけ演出できるかが大事になると思っています。

2Dと違って、今の所カット割りは極力少ないほうがそこにいる感は演出できますし、視点の誘導を意識したり、カメラが動くというよりは、演者が能動的に動くような演出が多く、演出の仕方が少し異なります。

── 今後、日本でVR商品が普及するためには何が必要ですか。

先ほどのハード、ソフトに加えて、リテラシーが挙げられます。あとは時間ですね。一番はハードやリテラシーをふっ飛ばすくらいのソフトが出ることでしょうか。とりあえずVRがほしいと思うようなソフトですね。それは何かというのはまだわからないです。わかっていたらすでに制作しているので。

── このままの流れでいくと、VRはいつ一般的に使用されるようになるでしょうか。

VRは携帯電話よりも、PCやテレビといったデバイスに近い類のものです。Facebookのマーク・ザッカーバーグも次のコンピューティングプラットフォームはVR/ARになると言っていましたが、そのとおりだと思っています。

「一家に1台」となると、さすがにあと5~10年くらいはかかるのではないでしょうか。2030年と考えると長い気もしますが、市場的にもずっと右肩上がりなのでその頃にはどんな体験が作れているか、今からワクワクしています。

株式会社360Channelの考える「未来」

── 今後の事業展開はどのようにお考えでしょうか。

「VRを身近にする」というのがミッションなので、VRを使用してこのような世界にしたいというのは実はそんなにありません。ソフトバンクの孫正義さんは、スマホがあると、どのような世界になるかはわかっていたのでVodafoneを買収し、ソフトバンクはキャリアの会社となりました。

弊社もVRを身近にするためなら何でもやります。弊社には映像のプロがたくさんいるので、その人たちが活躍できる事業なのかは重要なポイントです。

時間はかかると思いますが、VRを身近にし、社会の当たり前にしたいですね。

── コロナ禍におけるエンタメ市場の変化はどのようなものだったでしょうか。

人が移動しなくなったので「巣ごもり需要」で余暇時間が増えており、サブスクリプション方式の動画サービスやオンラインゲームなどが伸びています。変化といえば、時間ができたことが一番大きいのではないでしょうか。

また、制作側もかなり変化があったと思います。

リモートワークやコロナの感染対策をした上での演出など、今までなかった苦労がかなりあったと思います。弊社でも、2020年4月、5月あたりは制作がほとんどストップしていました。キングダムが好きなんですが、制作が止まっていて、かなりウズウズしていました。今は配信が再開されているので毎週観ています。

── コロナ禍で360Channelのユーザーは増えましたか?

増えました。先ほどお話した女性向けのコンテンツも、コロナ前であればそこまで売れていなかったでしょう。TwitterなどのSNSの反応を見ていても、その熱量を感じます。

── 日本の伝統芸能に関するプロジェクトもプレスリリースを出されていましたね。

文化庁とやらせていただいたプロジェクト(文化庁委託事業の「文化芸術収益力強化事業」)のことですね。「遺す」をテーマにし、いろいろな文化を遺すためにVR動画にするというプロジェクトでした。

能楽界をはじめ、たくさんのコンテンツホルダーの方々とコンテンツを制作するという形でしたが、1度制作してみて良ければ僕らに発注するということもあるようなので、今後も続くかもしれません。

今後のエンタメ市場における技術×人材

── エンタメ×テクノロジーの部分で注目されている技術やコンテンツはありますか?

もちろん、VR、AR、MR(複合現実=コンピュータ上の仮想の世界と現実の世界をよりいっそう密接に融合させる技術)です。あとは、最近この手の質問をすると、みんなが口を揃えて言うかもしれませんがNFT(非代替性トークン=デジタル資産)でしょうか。

新たなデジタルコンテンツの流通の仕方になり得るため、興味深いと思います。不正コピーや改ざんのようなものが無くなるわけですから、作品の価値を引き上げる可能性がある素晴らしい技術だと思います。他業界での利用もかなり注目されてますし、エンタメでの利用も時間の問題だと思います。

あとはフォトグラメトリーやボリュメトリクスビデオなどに注目しています。今では実写動画はあくまでも「動画」ですので、触れることはできません。ただ、ボリュメトリクスビデオが更に進化すれば、好きなタレントにも会えるし、大事な人にもいつでも会う体験ができます。

── 今後エンタメ市場ではどのような人が活躍していくのか、スキルとマインドに分けて教えてください。

スキルはデザイナー、クリエイターなど職種によってかなり変わるので、マインド中心にお話します。

マインドはこだわる人、やりきる人ですよね。あとは考えるのが好きな人です。考えるのが嫌いな人はアウトプットが似通ってしまうためです。ある程度スキルがあれば、真似をして何でもできますが、その中で世にない物を作ろうと思えば考えなければなりません。

そのため、まずは考える人で、その中でこだわるとか、やりきるとかが出てくるでしょう。どの職種にも共通します。トライ&エラーというよりはトライ&アジャスト、調整していく感じだと思います。挑戦しながら調整、といった感じが良いでしょう。

やることや目的が明確なので、すでにある市場でいろいろ作っていく業界ならエラーでしかないのかもしれませんが、エンタメにおいては「人の心が動いたらOK」という側面もありますので。

── 採用をする上で重要視しているのはどのような部分でしょうか。

先に説明した内容に加えて、「会話ができるか」です。

会話は相手がいてこその会話ですが、0から100までの濃淡があります。相手をどれだけ知っているか、自分が考えていることをどれだけ表現できるか、それにより会話の質が変わります。

会話ができたら仕事もできるし、社外の人ともコミュニケーションが取れるでしょう。クリエイターであれば良いものを作りやすいかもしれません。

候補者の方の経歴だけで見ることは絶対にありません。スキルを見るのは他の人事担当者に任せて、僕は会話の部分を重要視して見ているのです。採用方法はエージェントを通じた採用、リファラル採用などさまざまです。

── 最後に、中島さまにとってエンタメとは何でしょうか。

エンタメは「遊び」であり、僕が何のために生きているのかと言われれば、遊ぶために生きています。遊びとは夢中になれるものを指しており、夢中になれるものには様々な条件が必要となります。

「遊び」は人類が文化を醸成する上で、とても大事であると、オランダのヨハン・ホイジンガという哲学者が提唱したほどです。長くなるので一旦割愛しますが、気になる人はホイジンガの本を読んでみてください。

僕が生きてきて思うことは、社会にとってエンタメは必要です。エンタメのない世界を逆に想像できるでしょうか。需要があるからエンタメは生まれ、生きるためにエンタメは必要なのです。人類が誕生してから形を変えながらも、社会と密接に関わってきたのが「エンタメ」です。

幼い頃、公園で遊んでいると、気づいたら暗くなっていたことってあるじゃないですか、そんな体験を作りたいです。そして、いつかは幅広い人に遊んでもらえるような、「ヒット」を生み出したいものですね。

バナー

(2021年5月19日、株式会社360Channelにて)